9話「幻影」

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 そんなことを考えていると、スッと佳奈がみなこの横を通って行った。一瞬だけこちらを見遣り、僅かに口端を緩める。「まあ、見てて」そんな風に言いたかったのかもしれない。凛々しい顔つきで客席を睥睨すると、短く息を吸い込んだ。それからすぐに金色のサックスがなめらかな雄叫びを上げる。  スポットライトが佳奈に集中する。光の筋が佳奈の白い頬を照らした。宙を舞う埃がキラキラと煌めきながら、身体を震えさせる佳奈に触れてどっと舞い上がる。アルトサックスのうねりは優しく穏やか。圧倒的なテクニックを駆使しながら、お客さんを酔わせる。きっと佳奈ならプロになれる。実力以上に、その堂々たる態度が、自然とみなこにそんなことを思わせた。  それから里帆のバリトン、美帆のトランペットとソロパートが続き、再び知子のクラリネットへと戻ってくる。曲の終演へと向かっていくクラリネットのソロ。七海のドラムと奏のウッドベースが、優しいメロディを支えている。固唾を飲んで見つめるオーディエンスは、知子が最後の音を拭き上げた瞬間、大きな拍手を送った。
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