9話「幻影」

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 今日の主役は知子なのだろうか。鳴り止まぬ拍手の中、最後のフレーズを弾きながら、みなこは心の中で呟く。だけど、その思いは次の曲であっさりと変わることになる。  間髪入れずに始まったのは『Rain Lilly~秋雨に濡れるゼフィランサス~』。有名な二曲と比べて認知度は劣るこの曲だが、一瞬にして観客の心を強く惹きつけるものがあった。   普段は、ビッグバンドを支える役割に徹するトロンボーンだが、この曲は違う。目まぐるしく変わるソロセクションで、それぞれの楽器に目立つシーンがあるのだ。そしてこの日、観客を惹きつけ、主役の座をかっさらったのは桃菜だった。  細い腕で管をスライドし織りなすスラーはテクニカルで、その上情感たっぷりに、うねりを上げる。穏やかな雨も激しい雷雨も、桃菜はたった一つの楽器で表現してしまう。杏奈や健太には悪いが、やっぱり桃菜はものが違うのだ。圧倒的な才能、ダントツの表現力。どんな言葉を並べても陳腐に思えてしまうほど、彼女の演奏には本物の力がある。
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