9話「幻影」

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 ステージの後方からそんな圧倒的な桃菜の演奏を、杏奈はどんな風に思って見つめているのだろう。憧れのステージで示される力の差。きっと、桃菜のあのポジションに立ちたくて、中学三年生の彼女はステージを見つめていたはずだ。  桃菜のソロの終わり、歓声を上げる観客の隙間に、セーラー服を着た杏奈の姿が見えた気がした。その目はとっても真っ直ぐで、スポットライトを反射する金管楽器のように輝いていた。憧れと夢を膨らませながらこちらを見つめている。ぐっと握った胸元のリボンが皺を作った。そして今も、杏奈の胸は締め付けられている。でも、それはあの時の杏奈の感情とは真逆のものだ。  視聴覚室が大歓声で満たされた。同時に、杏奈の幻影はすっとどこかに身を隠してしまった。もうこのステージを見たくないと言うように。  拍手に答えるようにお辞儀をして知子のMCが始まった。演奏した曲の説明をしている間に、準備をしなくちゃいけない。次は一年生だけで演奏する『枯葉』だ。スポットライトに照らされたステージから上級生たちがはけていく。その中で、杏奈の背中は切なく悲しげに闇の中へと消えていった気がした。
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