10話「特別」

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「前もって言っておいたり、私に相談してから後日みんなの前で報告することも出来たんちゃうかな? 今はライブの直後。みんな楽しかったライブの余韻を楽しんでる。鈴木さんは、今日のライブ楽しくなかった?」  優しさを孕ませた言葉遣い、柔らかい吸収剤で包まれたはずの言葉は、逆に鋭さを持って杏奈に突き刺さる。その鋭さは杏奈の心をえぐったはずだ。弱く脆い心を。 「ごめんなさい……」 「別に謝る必要は」   目の前にいる杏奈は、みなこが想像していた明るく接しやすい先輩ではなかった。きっと彼女は弱い人間なのだ。自尊心を守りたい為に、間違った選択肢を選んでしまう。子どもっぽい色をした杏奈の瞳が右に左に揺れ動く。まるで理性と感情が揺れ動いているようだった。 「……でも、もう辞めますから!」  自らが招いた空気感に耐えられずに、彼女は出口の方へ向かい歩き出す。「待って鈴木さん」と、呼び止めた知子の声は、思いもしない声にかき消された。 「待ってください!」  静かな楽屋に、華奢な叫び声が響く。まるでピッコロのような可愛らしい叫び声だった。 「待ってください杏奈先輩……」
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