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胸の底が痛い。吸い込むたびに、肺の中が鋭い空気で満たされていく。空気中に漂っているのは、棘の生えた言霊たちだ。オブラートに包まず、奏がここまでハッキリと物事を言うとは思わなかった。杏奈も同じことを思ったのだろう。「どうしたん? いつもの谷川ちゃんぽくないで」と、おどけてみせたが、奏は真面目な面持ちを崩すことなく、毅然とした態度で杏奈に向き合った。
「先輩が私に心を開いてくれなかったからです」
「心を開く? 谷川ちゃんが、私のことをどう思ってたかは知らんけど、私はいつだってありのまま。ちゃんと後輩としてベースの指導はしてたし、みんなに接するように谷川ちゃんにも接してたやろ?」
確かに杏奈の言う通り、みなこの記憶の中の彼女は、誰にだって変わりなく接していた。先輩だろうが、後輩だろうが。それは七海やめぐも同じように思っていたはずだ。だけど、奏だけは違った。きっと奏だけが、杏奈の本質を見抜いていたのだ。
胸元で握り込まれていた奏の手がふっとほつれる。
「嘘です」
「嘘じゃないよ」
「いいえ、先輩は嘘ばかりです。本音で何も話してはくれませんでした」
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