10話「特別」

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「それは、谷川ちゃんが私を買いかぶりすぎてるだけやって」  奏の追求から逃れるように、杏奈の視線がそらされる。僅かに緩んだ口元には自嘲の念が込められている気がした。 「卑下するのはやめてください」 「別に卑下なんかしてないやろ?」  コクリ、と杏奈の首が傾く。肩まで伸びた髪が、彼女の細い首筋をなで上げた。筋の通った鼻先がヒクリと疼く。  奏は吐息を漏らすように言葉を紡いだ。 「……してるじゃないですか。私、知ってるんです。どうして杏奈先輩が部活を辞めるのか」  杏奈の眉間に寄った皺には、警戒心が滲み出ていた。これまで守ってきたものがさらされる恐怖。里帆やみなこは、他言しないとたかをくくっていたのだろう。低い重低音が壁の向こう側から響いてきた。有志バンドのライブの音だ。歓声と静寂が楽屋の中で気持ち悪く混ざり合う。 「清瀬ちゃんに聞いたん?」 「それは答えられません」 「……別にええわ。谷川ちゃんが知っていたとしても私の答えは変わらへん」 「どうしてそんなこと言うんですか?」 「どうしてって……知ってるんやろ? それをわざわざみんなの前で言わせたいん?」
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