10話「特別」

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「この話を切り出したのは杏奈先輩です」  奏はひどく落ち着いた声だった。だけど、彼女の内心は震えている。大勢の前で先輩に向き合うことは、奏にとって勇気のいる行動だったはずだから。赤いラインの入った上履きの底が、力強くフローリングを踏みしめている。床の振動は、視聴覚室のドラムの地響きだ。 「そうやで……そうやけど……」  杏奈の手がドアノブから離れた。プツッ、と何かが切れたように表情が緩む。次の瞬間、ダムが決壊するみたいに、どっと感情が溢れ出してきた。 「……私はあの子に負けた! どれだけ頑張っても、頑張っても、頑張っても、……勝てへんねん。私の努力は特別な才能の前ではあまりにちっぽけで無力やった! それでも諦めきれなくて……ベースに移った時、私がどんな気持ちやったか分かる? 簡単に実力を抜かれて、どれだけ惨めな思いをしたか、どれだけ悔しかったか。それでも、あのステージでトロンボーンのソロを吹くことが入部した時からの目標やったの! それがもう叶わなくなった今、この部活を続ける意味なんてない」
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