10話「特別」

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 杏奈が壁の向こうを指差した。同時に、視聴覚室から歓声が上がる。それは杏奈が受けるはずだった歓声だろうか。まんまるとした双眸には涙が潤んでいた。「これを言わせたかったんやろ? 満足?」と彼女が息をこぼせば、拍子に眼の奥で膜を貼った涙が煌めいた。  奏がかぶりを振って一歩前へ出る。杏奈は後ずさりをするように扉に背中を付けた。 「負ける時だって、悔しい時だってあるに決まってるじゃないですか!」  奏は大きく身体を震えさせた。肺いっぱいに息を吸い込み、勢いよくそれをまた吐き出す。 「この子には敵わないって思うことくらい誰にだってありますよ! 練習して、練習して、どれだけ努力しても、追いかけていた背中がずっと遠くにあって。一生懸命走っているのに、追いつけない悔しさやもどかしさで、心が折れそうになる時は誰にだってあるんです。……だけど、それで諦めたら本当に何もかもおしまいじゃないですか」 「そうやで。もう私にとってはすべてが終わったの」 「それじゃ、私の気持ちはどうなるんですか?」 「なに? あんたの気持ちって。この問題と関係ないやろ」 「いいえ、関係あります」
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