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「意味分からへん。たちの悪い嫌がらせ?」
「違いますよ」
奏の言いたいことが分からず、杏奈は髪をかき乱す。乱暴に振り下ろされた手が、扉に当たり激しい音を立てた。
「何が言いたいん? 言いたいことがあるならハッキリ言って!」
見せかけだけの威勢を放つ杏奈の目を、奏は真っ直ぐに見つめていた。その目は一度もそらされていない。小さく息を吸い込むと、奏の胸が僅かに膨らんだ。それから奏が紡いだ声はあまりに穏やかで、空調と遠い歓声にかき消されてしまうんじゃないかと思った。
「私がこの部活に入ったのは、去年の文化祭で杏奈先輩のベースを聴いたからです」
奏の言葉に、杏奈の表情から張りが抜けていく。小石を投げ込んだみたいに、涙がポツリと一粒だけ溢れ出した。
「なんで……どういうこと?」
「そのままの意味です。杏奈先輩のベースに憧れて、私は宝塚南を受験しました。ここで、杏奈先輩と一緒に演奏がしたい。杏奈先輩のような格好良いベースを弾きたい。だから、ジャズ研に入ったんです」
それはかつての杏奈と同じ動機だった。張り詰めていた空気がすっと軽くなっていく。
「なんで私なんか」
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