78人が本棚に入れています
本棚に追加
/1504ページ
「プロローグ」
線香の香りが好きだ。心が落ち着くし、何より懐かしい気持ちになる。みちるにとって、母とはこの甘く穏やかな香りそのものだった。
仏壇の脇に置かれた両親の写真に「おはよう」と挨拶して、にっこりと破顔してみせる。亡き両親に元気な姿を見せるのが、みちるの朝の習慣だった。記憶にある限り、この習慣を忘れたことは一度もない。
「もうすぐ秋の大会やよ。一年生の子らもめっちゃ上手になってきてんねん。今年は去年よりもいい結果が出るかも」
母はみちるがまだ二歳の頃、父は楽しみにしていたみちるのセーラー服姿を見ることなく亡くなった。返って来ることのない返事を想像することすら、今のみちるには難しい。恐ろしい早さで過ぎていく時間の濁流に、二人の声は飲み込まれてしまった。
「みちる、朝ごはん出来たよ」
「はーい」
まん丸い木製のお盆に乗せて、祖母が朝ごはんを運んで来た。焼き鮭とサラダに目玉焼き。祖母は醤油派で、みちるは塩コショウ派だ。サラダにはみちるが大好きなミニトマトが五つも乗っている。
最初のコメントを投稿しよう!