「プロローグ」

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「プロローグ」

 線香の香りが好きだ。心が落ち着くし、何より懐かしい気持ちになる。みちるにとって、母とはこの甘く穏やかな香りそのものだった。  仏壇の脇に置かれた両親の写真に「おはよう」と挨拶して、にっこりと破顔してみせる。亡き両親に元気な姿を見せるのが、みちるの朝の習慣だった。記憶にある限り、この習慣を忘れたことは一度もない。 「もうすぐ秋の大会やよ。一年生の子らもめっちゃ上手になってきてんねん。今年は去年よりもいい結果が出るかも」  母はみちるがまだ二歳の頃、父は楽しみにしていたみちるのセーラー服姿を見ることなく亡くなった。返って来ることのない返事を想像することすら、今のみちるには難しい。恐ろしい早さで過ぎていく時間の濁流に、二人の声は飲み込まれてしまった。 「みちる、朝ごはん出来たよ」 「はーい」  まん丸い木製のお盆に乗せて、祖母が朝ごはんを運んで来た。焼き鮭とサラダに目玉焼き。祖母は醤油派で、みちるは塩コショウ派だ。サラダにはみちるが大好きなミニトマトが五つも乗っている。
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