「プロローグ」

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 やっぱり音楽はいい。紡がれるメロディの中に母を感じられるから。きっとこのメロディはみちるの知らない母の姿だ。秋雨に濡れた百合のような柔らかい背中を思い浮かべる。あれだけ暑かった今年の夏もすっかり落ち着き、秋らしい風が和室を吹き抜けてきた。い草の香りが、鼻孔をかすめる。混じっている甘い香りは庭に蕾んでいる百合だろうか。 「少し寒なってきたかな」  お盆を抱えた割烹着姿の祖母が窓の外を見遣る。ふっくらと炊きあがったご飯の湯気をみて、「もうすぐ秋やからね」とみちるは美味しそうな香りを目一杯吸い込んだ。鰹節と煮干しの出汁がきいた味噌汁のいい匂いもした。 「冬服もそろそろ出しとかなあかんかなあ」 「そうやね。来週から移行期間やからお願い」  夏服を着る機会がもうなくなってしまうのは寂しいけど、新しい季節がやって来るためには仕方ない。いつまでも制服に身を包んでいるわけにはいかないのだ。時間が過ぎて大人になることは、少しだけ誇らしくちょっぴり怖いけど、知らない自分と出会えることは楽しみでもある。
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