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「奏ちゃんも全然選ばれる可能性あるやんな」
「夏休みはずっとウッベ頑張ってたもんな」
ウッベはウッドベースの略だ。奏は元々、電子ベースを弾くことが出来たが、ジャズでは多くの場合、ウッドベースを使うことが多い。電子ベースでも問題は無いのだが、演奏の深みや雰囲気の幅を考えると、ウッドベースを習得して損はないと言うわけだ。
「杏奈先輩も奏ちゃんに勝って欲しいって言ってたわ」
「ふーん。まぁ文化祭であんなことあったもんな」
「でも、手を抜くつもりはないみたいやけど」
「それはなによりやな」
ふっと、吐いた航平のため息が強い風にさらわれる。男の子の香りが、みなこの鼻をかすめた。同じ空気を吸っているはずなのに七海と自分のリアクションは違う。なんとも無い顔で空を見上げる七海と、少しだけ照れている自分。俯瞰的に見て、これはどういうことなんだろうか。
大きな航平の背中がすっと前に進んで行く。それを追いかけようとしたタイミングで、踏切が鳴り止み自動車が流れて来た。車一台分、航平との距離が開く。こちらを待つように、彼はその場で立ち止まった。
「あ、大西はあっちか」
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