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6話「集中」
「桃菜がさー」
そう話しはじめた美帆の口元を、桃菜が慌てて両手で塞ぐ。その様子を里帆が呆れた様子で見つめていた。
修学旅行から二年生が帰って来て、部全体が本格的にオーディションの緊張した空気感に包まれると思っていたのに、想像したよりもずっと穏やかだ。三日後に控える運命の日を、誰もがなるだけ意識しないようにしているようにも思えた。
「それで、桃菜先輩がどうしたんですか?」
「マーライオンの近くで迷子になってもうてー」
七海の問いかけに、桃菜の腕から抜け出した美帆が答えた。珍しく、恥ずかしそうに顔を赤くした桃菜が美帆の腕を力なくはたく。
「桃菜が嫌がってるやろ!」
「桃菜がはぐれたのは事実ですぅー」
「それをわざわざ後輩に知らせなくてもええやんって言ってんの」
「だって、その時の桃菜の慌てようったら、面白いし可愛かったし」
「まぁそれはそうやけどさ」
今度は納得した里帆の肩に桃菜の手のひらが飛んだ。「ごめん、ごめん」と謝る里帆に桃菜はすねたように頬を膨れさせている。
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