6話「集中」

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 演奏する曲は、ウォルター・グロスの作曲でジャズのスタンダードナンバーである『Tenderly』。「優しく」とその曲名にあるように、柔らかく切なく穏やかなメロディは、恋人たちの甘く大人な物語になっている。  手元にある楽譜は、大樹がタブ譜へと起こしてくれたものだ。本当は、五線譜のまま弾ければ一番いいのだけど。今のみなこには難しいものがあった。当面の課題は、タブ譜から楽譜へと移行することだ。出来れば、来年の春までに。その思いでみなこは手書きのタブ譜を、そっと五線譜の後ろへと隠した。  エレキギターを構えて、ふと息を吐く。みちるから演奏する曲を伝えられてから何度も聞いて、メロディはすっかり頭に入っている。手渡された音源にギターがなかったことは残念だったが、本番の大会ではちゃんとギターのあるアレンジがされるはず。それに、この曲で求められている技術は分かっているつもりだ。おそらく、柔らかく繊細なタッチ。曲が持っている悲壮感と優しさ、曖昧なその境界線をフラフラと歩くようなイメージで、みなこはギターを紡ぐ。
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