実験体は嚙み付く

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実験体は嚙み付く

 ただ見せるだけか、実際に渡すかの違いだろ? さすがにそれくらいはおれにだって分かる。   それらについて滔々と語ってみせる男の顔を、じっくりとっくりと眺めながらおれは思う。  入館の手続き上必要な、身分証の提示を求める際についうっかりと、手を差し出してしまった。  男はおれのその動作を文字通り、提出を求めていると受け取ったようだった。 規約に記されているのは身分証の『提示』であって、『提出』ではない。 上の、偉い人間(ヒト)からはそう教わらなかったのか?と、始まった。  偉いヒトと聞いて、男が掛けている神経質(せんさい)そうな銀縁のメガネがいかにも高級(たか)そうなことに気が付いた。 そのすぐ下の、頬骨の辺りの赤さが嫌でも目に付く。 肌のきめが細かく、白い為だった。  歳は三十を過ぎているかと思ったが意外と若く、未だ二十代かも知れない。 ――実験内容を思えば納得だった。  これは『提示』だ。と、男は身分証をおれの目の高さまでわざわざ持ってくる。  男の手のひらの半分にも満たないそれには、男の氏名から始まって、生年月日や現住所、所属している部隊名など、男の社会的な立場の全てが記されていた。 もちろん、属性も――。
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