実験体は嚙み付く

2/5
前へ
/23ページ
次へ
 案の定、男はα(アルファ)属性だった。 この世界では軍人、研究者と言えばα、実験体(保護種と呼ばれているが)と言えばΩ(オメガ)と相場が決まっている。  ちなみにβはというとごく一部の例外を除いて基本、黙殺(スルー)されていた。 ――分かり易過ぎるほどに、わかりやすかった。  これを君に手渡せば、『提出』になるが、一体どっちなんだ?と、男は未だに延えんと続けている。  おれは身分証を男の手ごと、掴み取った。 掴んだ手を引っ張ると、男の上体は容易くカウンターへと乗り上げた。 グッと近付いた男の顔へと、おれはささやく。 「さっさと寄越せよ。それごと、全部おれに――」 「な」 何をするんだ!と男が言う前に、おれは男へと口付けた。  男の目が大きく見開かれ、焦点を失っていく。 頬の上の赤みが顔全体へと広がっていく。 おれはそれらを、口付けながら見ていた。 「輝悧(かがり)、止めなさい」 「ったく・・・・・・遅せぇよ」  飼犬にアッサリと盗み食い許してんじゃねぇよ。 おれは男の手を放し、振り返る。 そこには、おれの目下の管理者(かいぬし)志條(しじょう)が立っていた。  志條の目が、おれから男へと滑っていく。 おれも、志條の視線の後について行った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加