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奏斗と立ち話をしたせいで莉子の高校生活に一抹の不安が生じたが、当の本人のペースは変わらない。
周囲の何気ない一言で妄想を爆発させ、明後日の方向の発言をして呆れられたり笑われたりする。
ただ、その突拍子もない思いつきが誰かを傷つけるものではまったくないこと、莉子が常にポジティブなこと、そして男女関係なく会話できることが、莉子自身を救っていた。
自分の前の席の女子が本好きでいつも一人で読んでいる本の表紙がたまたま目につけば、「私、この絵好きだなー。ねえ、その本、どんな話?私、日頃漫画ばっかりでさあ。面白い?」などとフランクに声をかけ、それ以降仲良くなった。
授業の中でグループで話し合えと机を集めれば、リーダーにはならないものの男子の意見も「そこ、マジで気づく?ぬかったわー!天才か?私、それに一票!」などとあっさり言ってしまうので、新しく級友になった男子からも「狛江、女っぽくねえけどしゃべりやすいな」と、異性としての評価はされないものの友人として話しやすい奴認定された。
加えて、夏美や1年生の時から同じクラスだった男子からも女子からも、「そうそう、莉子っていつ見てても飽きないんだよねえ」などと言われてしまい、2年生のクラスの莉子の立場は、そう悪くはなかった。
莉子にとって、今の一番の問題は吹奏楽部とちっとも成績の上がらない数学だ。
吹奏楽部の方は2週間目に入ると新入生の体験入部もだいたい絞られてきて、入部希望者がほとんどになってきた。
今年はそう人数が多いわけではないが、3月に卒業していった去年の3年生の穴はどうにか埋められそうだ。
あとは、顧問問題が解決してくれないとどうしようもない。
数学はもっと厳しく、教科書通りの問題ならともかく、ちょっとでも応用が入るとさっぱりわからない。
4月のあの日曜日にオルトレトンと過ごしたことなど、怒涛のような現実の前では夢幻のようなもの。
ただ、常に頭の片隅に引っかかってはいた。
引っかかっていると言っても、切ないとか会いたいとかそういう思慕的なものではない。
『ゴールデンウィークかあ、また付き合わされる一日がありそうってことだけ覚えておこう。連れてく場所もそんなにないんだよねえ。あと、靴と服の調達。どこに隠しておこうかな。』
服はリユース店の安いものを買うか、もう一度兄のお古を拝借すればいいと思うし、靴も同様だ。
つまりは、いつ下準備を済ませておくか、それくらいの気に掛け方である。
仕方ないのだ、莉子の方からオルトレトンに連絡することができないので具体的な訪問日程は直前まで分からないし、あの常識が人間と大幅にずれている人魚を野放しにするわけにはいかない。
何より、莉子は海に流した赤点のテストという弱みを握られている。
なので、日々考える事柄ではないが人魚襲来の第二波への備えをしておく、ちょっとした災害扱いだった。
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