夕暮れ、教室にて

2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「ねえ、もしさ」   それまでずっと窓の近くから外を眺めて黙り込んでいた彼女が、俄かに俺の方を振り返りながら話しかけてきた。  彼女の肩越しに見える窓の外の景色は、目に焼き付くほどの鮮烈な赤色に染まり、西の森の木々たちは燃えているかと錯覚するほどまでに一面の朱色だ。  その上の空を悠々と飛ぶカモの群れが、燃え上がりながら空を駆ける炎のようで、それは言いようもなく美しい眺めだった。  俺は、腰掛けていた教卓の前の学習机から腰を上げ、彼女を見据える。 「うん」 「もし、私が、明日突然死んじゃったとしたらさ、どうする?」  あまりに急な問いに反応できず、一瞬固まってしまう。唾を飲み込む音がやけに大きく教室に響く感じがした。  幸い教室には俺ら二人しかおらず、今ならどんな話も他人に聞かれることはない。 「……自棄になって自爆テロでもする」 「なにそれ。もっと希望があるようなのがいいよ」 「それなら、俺も静かに死んで、どこか海がきれいに見える丘にでも一緒に埋まるか」 「どっちにしろ死ぬんじゃん」  彼女はあきれたという様子でため息を吐きながら、しかし軽い足取りでこちらに近づいてくる。俺のもともと居た学習机に少しだけ跳ねて座り込み、彼女は言う。 「普通そういうのって、私の分まで生きるとか言うんじゃないの?」 「そんなに生きることに執着がない」 「そんなんでよく生きてこれたね」 「運がいいんだよ、昔から」 「確かに。君は昔から運だけはよかったよねえ」  彼女はあははと楽し気な笑い声をあげる。  いつの間にか靴を脱ぎ、陶器みたいに白い足先を制服から覗かせて、上下にパタパタと動かしている。彼女の機嫌が良くてたまにそうしているのを見ると、俺はいつも言い様のない不安に襲われてしまう。  彼女の足が何かの拍子で粉々に砕けて、終いにはどこか遠いところに行ってしまうのではないかと。 「川に行って君が溺れかけた時も、服が倒木に引っかかったおかげで無事だったし」 「そんなこともあったな」 「お祭りでくじ引くといっつも一等当ててたしねえ」 「当ててたなあ。お前に良く分からん人形をあげたこともあったよな」 「あったあった!あれ今どこにあるかなあ」    彼女の表情は笑ったり悩んだり、とても忙しない。  ふと、彼女の顔をあまりに注視しすぎたような気がして、さりげなく足元の床に視線を移す。 「運は良くても、君はしっかり生きなきゃだめだよ」 「そうなのか」 「そうだよ。たとえ私が死んでも、君は生きなきゃ」 「分かったよ」  そう彼女の瞳を見据えて言うと、彼女は気恥ずかしそうに笑った後、窓の方へと視線を戻す。その横顔が窓から差し込む夕暮れの陽光を受けて赤らんで見える。  美しい。この世のどんな物よりも。ただそう感じた。    しばらく景色を眺めた後、その透き通った声で彼女が尋ねる。 「ねえ、君が今までの人生で一番ついてたって思う時って、一体いつなの?」 「一番か、それなら」 「それなら?」 「家が燃えた時だな」 「……そ、そっか」  ひどく懐かしい記憶だ。あれはもうずいぶん前のことになる。 ・・・
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!