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〈第八話 開幕〉
美琴こと清良が、来栖の城に滞在して三日目の朝、城内から盛大な悲鳴が響き渡った。
「聞いておりません!!」
この声は多分、朱楽だろう。
清良は両耳を塞ぎながら、恐る恐る、一昨日茶会を催した広間の障子に近づき、聞き耳をたてる。
「何故、私を八雲様の家臣などに推薦なさったのでございますか!?」
「落ち着け、朱楽。」
来栖の静かな声音が朱楽をなだめる。
「私はそなただからこそ推薦したのだ。
そなたは私の元で、さまざまな働きぶりを見せてくれた。」
ここで一旦、来栖の声がやんだ。
「その力量を、八雲様の元で確かめたいとは思わんのか?」
「それは……」
朱楽は押し黙る。
おそらく迷っているのだろう。
清良は、まだ来栖に助けてもらう前、来栖のことを嬉々として語っていた朱楽を
思い出す。
“私は来栖様を尊敬している!
いつかあのようなお方になりたい……。”
いつもは“殿”と呼ぶ呼称さえ忘れて_。
「そなただけではない。
清良も推薦したから安心してほしい。」
_清良……え!?…私!?
来栖の言葉に驚いた清良は、思わず目の前の障子につんのめりそうになった。
なんとか体勢を立て直し、再び聞き耳を
たてる。
「ま、まことでございますか!?」
今度は先程とはうってかわって、朗らかな
声音の朱楽。
「あぁ。
これで迷いなく八雲様に会ってくれるか?」
「無論でございます!」
_……単純ね…。
清良はその場にへたりこむ。
まさか自分が朱楽の道連れになるとは。
八雲の性格を詳しく知らない清良は、途端、不安になり、顔を曇らせていると、
「……忘れないで下さい。
……私が尊敬するのは、貴方だけだという
ことを_。」
朱楽の、涙で詰まらせたような声が清良の耳に届く。
「…分かっておる。
礼を申す、朱楽。」
苦笑したような、来栖の照れたような笑い声に、清良もくすりと笑みがこぼれる。
_全く…永遠の別れじゃあるまいし……。
_この後、障子を開けた来栖に再び
ぶつかり、朱楽に大爆笑されたのは
ここだけの話にしておく……。
翌日
清良と朱楽は八雲恭史郎が待ち受ける、
城内の一室の前に到着した。
「殿、来栖様が推薦する、御影朱楽と公家の業清良がお目通りを願っております。」
障子に控える家臣らしい男が、室内にいる
八雲に声をかけた。
「通せ。」
そのくぐもった声に、知らずに清良の身が
強張る。
そんな清良に気づいたのか、朱楽はそっと
その肩に手を置いた。
_大丈夫だ。
そう言うかのように、しっかりとこちらに
微笑みかけて頷く。
「…ありがと。」
小声で微笑み返した清良は、開かれる障子の奥に、両目を見据えた。
〈続〉
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