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〈第十話 帰郷〉
一ヶ月後
美琴の耳に、来栖の妻が病死したという
訃報が入った。
それは八雲により朝議で知らされたものの、
その後は普段と何ら変わりなく、家臣らに
よる報告などが執り行われた。
ただ唯一違うことは、いつも家臣らの先頭に控える、来栖の姿がないことだった。
「大丈夫かな、来栖様……。」
朝議を終えた美琴と朱楽は、不安げな面持ちで並んで廊下を歩く。
「……文、書いて送っとくよ…一応…。」
途切れ途切れな朱楽の返事に、
美琴は思わず苦笑する。
「しっかりしなさいよ。
朝議終わった時、殿に睨まれてたわよ?」
“殿”というのは無論、八雲のことである。
「げ……マジか…。」
さー・・・と顔から血の気が引いていく朱楽
だったが、次の瞬間、慌てて美琴の両肩を
掴んだ。
「痛っ…!…どしたの?朱楽…。」
「…あ、すまない……。」
すぐさま美琴の両肩から両手を離した朱楽
だったが、
「…もう、私は大丈夫だから自分の屋敷に
戻ってくれ。
お袋さんも心配してるだろう……。」
そう言い残し、無表情で突っ立ったままの
美琴に背を向け去っていった。
朱楽に言われた通り、荷物をまとめて自分の
屋敷へと戻った美琴だったが、何だか
あまりにも急すぎて頭がついていけない。
_そうだよね…元からそういう
約束だったよね……。
朱楽が八雲の家臣として認められた今、
美琴の役目は終わったのだ。
ましてや、美琴を必要としていた朱楽本人が
もう大丈夫だと言っていたのに、これ以上
何に関与するのか。
_私は朱楽の推薦に必要だった。
……それだけ。
美琴は胸の内に巣食う放心を払いとる
ように、玄関の戸を勢いよく開けると、
「ただいま戻りました!」
奥の間にいるだろう母に聞こえるように、
大きな声を張り上げたのだった。
〈続〉
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