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〈第十三話 朝食〉
朝食を作り終えた美琴は、器に盛り付け
盆にのせると、来栖の居る部屋へと
向かった。
「失礼致します。」
自分の部屋の一室に向かって
断りを入れることに、違和感が生じて
僅かに口元を緩ませた美琴だったが、
すぐに真顔に戻ると障子を開けた。
「お食事をお持ちいたしました。」
「かたじけない。」
そう礼を寄越した来栖に、そっと微笑み
彼を見やると、紺の着物に漆黒の袴という
いつもの出で立ちにすっかり
整えられていた。
ふと、畳んだ布団を壁に
寄せていた来栖の手が止まり、盆に目が
向けられる。
「……何故、膳が二人分ある?」
その訝しげな目付きに、
_何を言ってるんだこの人は。
と、美琴は不思議そうに首を傾げると、
「私もここで食べるからに
決まってるじゃありませんか。」
そう平然と返したのだった。
盆から自分の膳を取り、畳に広げた手拭いの
上に丁寧に並べる美琴を、ポカンと
見つめていた千景だったが、慌てて
視線を逸らす。
「…そなたはお母上と食べたら良かろう。」
すると美琴は、膳を並べる手を止め、
何やら複雑そうにじっとこちらに視線を
ぶつけていたと思うと、さっと立ち上がり
千景の隣に腰を下ろした。
「では、きちんとあの夕市でのことを
お話しして下さい。」
そういえば、と、心配そうであり、少し
怒っているようでもある美琴の淡い瞳に
はっとする。
「……すまない。」
その瞳を真っ直ぐに向けられ、千景は
何と言っていいのか分からず、思わず
謝罪してしまっていた。
だが美琴は、そんな正座のまま
固まっている千景の心情など露知らず、
頬を膨らませる。
「本当ですよ、全く!
昨日心配したのが、嘘のようにお目覚めに
なったと思って安心していたのに、
あんな……」
そう言って今朝、千景がなぞった首筋と頬を
隠し、キっとこちらを睨み付ける美琴に、
もう何も言えずに千景は黙り込む。
その頭の中では、美琴が叫んだ、
“ハレンチ軍師”という言葉が虚しく
響いていた…。
「とにかく今日は、きちんと
事情聴取を行いますから!」
「ふんっ!」と千景から顔を背けて
立ち上がり、再び自分の膳を
並べ始めた美琴に、
「……はい。」
と、力なく項垂れた
千景なのであった。
〈続〉
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