〈第四話 覚悟〉

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〈第四話 覚悟〉

着慣れていない、公家の着物に身を包んでいる美琴は、袖口をきつく握り締め緊張した面持ちで、この城の主を待ち構えていた。 やがて、室内の遥か後方の障子がタン、と軽やかな音をたて、主が来たことを告げた。 美琴と両端に控えている家臣たちが、一斉に頭を下げる。 気配がし、美琴の側を主の素足がすり抜ける。 思わず、そちらにちらりと目だけを動かした美琴は、息をのんだ。 _……なんて綺麗なんだろう……。 主が身に付けている漆黒の袴に、見惚れてしまう。 切り揃えられた足の爪は、清潔感を窺える。 主が座布団に座りこんだ気配に、美琴はスッ、と平常心に還った。 「(おもて)を上げよ。」 その言葉を合図に、美琴たちは一斉に頭を上げた。 * * * 前日 美琴は朱楽と共に、仕立ててもらった着物を貰うため、呉服屋に訪れた。 「ありがとうございます、旦那。」 二人して店主に笑顔で頭を下げる。 店主は「いやいや。」と片手を振り、 「しかし何だってェ、お公家様の格好なんだい?」 と、不思議そうに首を傾げた。 「お侍でも良かねェかい?」 「そう!私も気になってた!」 美琴も店主と同じように朱楽に顔を向ける。 朱楽はその奇妙な光景に苦笑しつつ、答える。 「そりゃあ、侍の格好だと公家よりも身に付ける衣は少ないから、体躯(たいく)だけですぐ女だって気づかれる。 それに…」 と言いかけた朱楽だったが、 「…いや、なんでもない。」 と濁し、公家の着物を店主から受け取った。 「え?ちょっと!気になるじゃない!」 美琴は、足早に呉服屋ののれんをくぐり抜けた朱楽を慌てて追いかける。 _それに……公家の格好だと、烏帽子(えぼし)で隠れるから、(まげ)なんて結わずに済むだろう? ……なんて言えるか馬鹿っ! と、耳を赤く染めながらも、まだその淡い想いには気づいていない、朱楽であった。 〈続〉
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