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〈第六話 葉桜〉
清良こと美琴は、隣に座っている公家との話が終わった後、そっとため息をついた。
来栖の案内で無事、茶会に遅れず参加できたものの、どうにも息が詰まる。
自分の屋敷で開くことはおろか、こういったことに参加すらしたことのない清良にとっては、どう振る舞えば良いのかさえ分からない。
なんとかあくびを噛み殺し、畳を睨み付けて座り耐えていたが、もう我慢の限界だ。
清良は片膝を上げ、「ちと外へ…。」と近くに座る公家らに小声で断りを入れると、立ち上がった。
障子を少し開いただけで、輝く日の光が清良の上半身に降り注ぐ。
部屋を出て静かに障子を閉めると、その光に目を細め目元に片手を当てがった。
この部屋は西に面しているので、日がこちらに傾き始めたということは、昼の午の刻(12時)を少し過ぎた頃だろう。
「…ふぅ……。」
軽く一息つき、清良は廊下を歩き始めた。
しばらく歩くと、渡り廊下が現れた。
それに沿って再び歩を進めると、清良の左側に桜の木が現れた。
「…!?……凄い……。」
思わず感嘆の声を漏らした清良は、吸い寄せられるようにして、左側に近づき身を乗り出した。
そこには背丈は小ぶりだが、しっかりと根を張った太い幹に、桜の枝葉が伸びていた。
四月下旬の今は、花弁はすっかり舞い落ちて葉の色は緑に変わっている。
「ここに居たのか。」
突如聞こえた低い声音に、反射的に廊下に目をやると、そこには来栖が立っていた。
こちらに歩み寄る来栖をぼうと見ていた清良だったが、はたと、茶会を放り出していたことを思い出す。
「も、申し訳ありません!…私……」
言葉を紡ごうにも何といっていいのか分からず、清良は口をつぐみ来栖から顔を背けた。
「…そなたのためにと思い、開いたのだが……的が外れたようだな。」
_私の、ため?
その言葉に驚いた清良は、思わず来栖の顔を見た。
清良の視線を受け、ふっと目を細めたその切れ長の瞳は、やはり憂いを帯びている。
「少しでも京に近い茶会を取り入れ、心細くならないようにと……。」
「ここには慣れぬことが多いだろうから。」と、続けた来栖に清良は曖昧に笑う。
「実を申しますと、茶会はあまり経験がなくて……。」
_本当にごめんなさい、来栖様……。
男装をして騙している身にも関わらず、自分を気にかけてくれている来栖。
罪悪感に押し潰されそうになり、その場から離れようと体を背けた清良を、来栖の声が引き止めた。
「なんだ、これを見ていたのか!」
そのあまりにも清々しい声音に、思わず清良は振り返った。
来栖は、先ほど清良が見いっていた桜の木を嬉しそうに眺めていた。
その様子に清良はくすりと笑い、
「幼い頃にお植えになられたのですか?」
「あぁ!」
そうこちらを見た無邪気な笑顔に、清良はドキリとする。
そんな清良の様子には気づいていないのか、来栖は再び桜の木に目を向けた。
「……懐かしいな…。」
もう桜の花弁は舞い散ったのに、清良の目には不思議と、その葉桜が今もたくさんの花弁をつけて咲き誇っているかのように見えたのであった。
〈続〉
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