母屋の火事

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母屋の火事

 秋から冬に移り変わり始めた頃。その日は一段と寒く、空気も乾燥していた。稽古の休憩中、カヤは部屋に飾ろうと里の門の近くから五本ほどのすすきと、トヨにあげる花を摘んでいた。突然、 「火事だー!」 という声と共に鐘の音が鳴り響いた。 「牡丹屋の母屋に、火が付いたぞー!」 驚いて牡丹屋の方を見ると、母屋のあたりから黒い煙が空へ立ち上っているのが見えた。カヤのところから母屋は見えない。カヤは慌てて母屋へと向かった。 「暁姐さん!」 牡丹屋の裏には人だかりができていた。 「カヤ!ああ良かった。さっき外に出ていくのを見たから無事だとは思ってたけど・・・。」 「門の近くのすすきと花を摘んでたんです。トヨにもあげようと思って・・・。トヨはどこですか?」 カヤは小さいトヨを探す。しかし大人たちがいる中では簡単に探せない。暁はカヤの肩に手を置いて、少し息を大きく吸った。 「カヤ、よく聞いて。トヨは、まだ、母屋の中にいるんだ。」 「え?」 「みんなで逃げるときに、トヨがいないことに気付けなかったんだ。母屋を出てから紅葉がトヨが二階にいることを思い出して、それで階段下に行こうとしたんだけど・・・。階段は台所のすぐ隣にあるだろ?台所が火に包まれてるからとても階段に近づけなかった。必死でトヨを呼んだけど私たちも危なくて、待ってられなかったんだ。平吉さんたちが外から火消ししてるけど、なかな中に入れないんだよ。」 今日は空気が乾燥していて火が回るのも早い、トヨが無事であるか分からない。そう暁が言い終わらないうちにカヤは持っていたすすきと花を投げ捨て裏口へと駆け出した。 「早く助けないと!」 しかし暁にその腕を掴まれる。 「行っちゃだめだ、カヤ。」 「え?」 「どのくらい火が回ってるかも分からないのに、助けに行ったらあんたも死んじまうよ。」 暁が言うと、そうだよ、と周りの大人たちも口々に言う。 「階段まで火が回ってたんだ、生きてても助けられないよ。」 「煙に巻かれたら火が回っていなくても死んじまう。もう生きてないよ。」 「トヨは残念だけど、あんたまで死ぬことはないんだよ、カヤ。」 「もう手遅れだ。諦めなさい。」 「私はあんたまで失いたくないんだよ!」 暁はカヤを強く抱きしめた。 「嫌だ!あたしはトヨがいなきゃ嫌なんだ!あたしはトヨのお姉ちゃんなんだから!」 カヤは思いっきり暴れた。 「トヨは生きてる、助けてって言ってるもん!泣いてるもん!離して!離してよ!」 泣きながらカヤは暁の腕から抜け出そうと力の限り暴れた。自分を抱き上げて母屋から離れようとする暁の肩に噛みつき、脛(すね)を蹴る。思わず緩んだ暁の腕から必死に抜け出した。母屋は諦めて、店の入り口へと向かう。 「あたしがトヨを守るんだ!」 大人たちの隙を突いて店に飛び込むと、店の廊下を走って渡り廊下へと走り出た。
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