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約束
その夜、カヤたちは店の一室で眠ることになった。火がおさまった母屋は半分ほど焼け落ち、とても普段通りに生活できる状態ではなかった。火事の原因は山から降りてきた猿が油の入った桶をひっくり返してしまったことだと聞かされた。母屋は焼けても店は通常営業だ。
「私はお客さまのお迎えがあるから遅くなるけど、二人でちゃんと寝とくんだよ。今日は疲れてるだろうからしっかり休みな。」
普段より半刻ほど早い時間に布団に入れられたカヤとトヨはなかなか寝付けなかった。そんな二人を見た暁は、トヨの横に座ると「か~ごめ、かごめ」と歌いだした。最近カヤたちがよく口ずさんでいる歌だ。大好きな歌なのに、カヤは一緒に歌うことができなかった。トヨもカヤの方を向いたままじっと動かない。
「・・・ごめんね。」
暁の声がぽつりと落ちた。
「カヤ、あんたは正しいよ。私たちが間違ってた。あんたのことを心配するあまりあんたの気持ちを考えていなかった。トヨを助けてくれて、ありがとう。」
カヤは溢れそうになる涙をぐっとこらえた。暁の声は震えていた。
「トヨ。他の人は信じなくてもいい。でも、カヤのことだけは信じるんだよ。」
トヨの顔は暗がりでよく見えない。それでも繋がれた手から震えが伝わってきた。暁が立ち上がり、パタンと襖の閉まる音がした。部屋の中に静寂が広がる。
「トヨ、起きてる?ちょっと外に出ようか。」
うん、と答えたトヨの手を引いて、カヤは部屋にある縁側へと出る。二階にある縁側は手すりが付いていて、そこから見える木々がいつも綺麗な空気を作ってくれていた。店の中なので滅多に来ることはできないが、カヤのお気に入りの場所の一つだ。今夜は月が明るい。冷たい空気に鼻の奥がつんとした。カヤは床に座ると足を伸ばし、トヨを乗せた。向い合わせに座るトヨの重みと温もりにほっとする。
「今日は疲れたね。助けに行くのが遅くなっちゃってごめんね。今度からはあたしが絶対、一番にトヨのこと助けに行くから。トヨは、あたしが守るから。みんながトヨを見てなくても、あたしだけはトヨのこと、見てるからね。」
カヤはにっと笑ってトヨの頭を撫でた。額と額が触れるほど近づくと、トヨのぎこちない笑顔と、その大きな瞳いっぱいにカヤの強く優しい顔が映っているのが見えた。
「カヤ姐・・・。」
トヨの口から初めてカヤの名前が出てきた。初めて名前を呼ばれて、カヤは満面の笑みを浮かべた。
「ん?」
「トヨも、カヤ姐のこと、守るからね。」
舌っ足らずなトヨの言葉に、カヤは思いっきりトヨを抱きしめた。くくく、とどちらからともなく笑いがこみあげてきた。それと同時に涙も零れてくる。トヨが泣いている。カヤはトヨの頭を、大丈夫、大丈夫と撫でた。
「ずっと、一緒だからね。」
「うん。ずっと、いっしょ!」
トヨの小さな体をぎゅっと抱きしめると、えへへと満足げにトヨが笑った。こんなに嬉しそうに笑うトヨは初めてで、カヤは嬉しくて、ぎゅっと力いっぱいトヨを抱きしめたまま床に寝転がった。ひやりとした床は少し寒かったが、すぐに眠気が襲ってきてカヤは目を閉じた。深い眠りに就く前に、ふわりと温かい何かに包まれた気がした。
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