燕と翠

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燕と翠

 牡丹屋の母屋火事騒動から七年後。カヤは十六歳になり、振袖新造として客の前に出るようになった。名前も、カヤから燕(つばめ)へと改名した。カヤの大好きな燕子花の花から一文字取って、燕とトヨが名付けてくれたのだ。それゆえ燕の着物には紫色の綺麗な燕子花があしらわれている。今年の秋から客と床に入るが、その前に昼間の客と里を散歩したり、宴会の席で芸を披露したりと少しずつ遊女としての階段を登り始めている。燕の人気は花魁の朝霧を超えるほどだった。美しい容姿に加えて唄や舞、三味線といった芸能の上手さ、明るい人柄や教養の深さなど、遊女としてだけではなく人間としても申し分のない娘に育っていた。  そしてトヨも十四になり、名前を翠(みどり)と名乗るようになった。身分も引込禿から振袖新造へと昇格し、燕の世話や稽古に励む毎日を送っていた。 『トヨは翡翠葛(ひすいかずら)が大好きだろう?そこから取って翠にしたいって、あたしずっと思ってたんだ。』 翡翠葛とは里に来た旅人が見せてくれた絵にあった、大陸の花のことだ。翠は翡翠葛の絵を模写して部屋に飾るほど、この花を気に入っていた。燕と名付けてくれた礼に、翠という名前をトヨに贈ったのだった。
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