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それぞれ買う子どもが決まると女衒に金を払い、品定めは終了となった。
「それじゃあカヤ、帰ろうか。」
暁はカヤを見て言った。カヤは少し不思議そうな顔をしている。
「ん?どうした?」
「なんであたしの名前知ってるの?」
「ああ、そのこと。」
暁は膝をつくとカヤと目線を合わせてから、カヤの古びた茶色い帯を指した。
「そこに紙が挟まっているだろ?その紙に大きく『カヤ』って書かれてんだ。」
カヤは帯に挟まった紙を抜き取ると、書かれてある文字を不思議そうに眺めた。
「これが、カヤって書いてあるの?」
「そうだよ。この字が『カ』で、これが『ヤ』って読むんだ。」
ふ~ん、とカヤはまだ不思議そうな顔をしている。暁はふっと微笑んでカヤの頭を撫でると立ち上がった。
「あんたもちゃんと字が読めるようになるさ。さ、帰るよ。」
暁はそう言って部屋を出る。カヤも慌てて暁に続き、紅葉はカヤの隣を歩いた。お堂を出ると、暁はカヤの手を引き里の入り口に並んでいる三つの門のうち真ん中の門の前に立った。門をくぐって傾斜の緩い坂を上り橋を渡る。橋の真ん中に来たとき、カヤが「わぁ!」と歓声を上げた。橋は里より少し高くなっており、里全体を見渡すことができた。カヤの顔がきらきらと輝く。
「あそこに見える大きな建物が、私たちが住んでる牡丹屋だ。」
暁はカヤを抱き上げながら少し斜め右にある大きな建物を指さした。
「で、左に並んでいるのが奥から鶴田屋と鈴木屋。右奥から霧里屋と沢屋。この四つの店と牡丹屋、合わせて五つの店が遊女屋だ。」
「ゆうじょや?」
初めて聞く単語なのか、まだうまく使いこなせていない舌で復唱する。
「そう、遊女屋。お客さんたちを楽しませる店のことだよ。この里は門より少し斜めに向いてるだろ?それは、この里が現世とは違う場所だってことを表してるんだ。現世とは違う場所で、違う時を楽しんでもらえるように、私たち遊女屋の人間は働いているのさ。」
暁の説明にまた、ふ~ん、とおそらくよく分かっていないであろう返事をしながらカヤは改めて里全体を見渡した。よく分かっていなくても、里を見るカヤの瞳はきらきらと輝いている。
「ま、大きくなったら分かるようになるよ。とにかくこの里は他とは違う場所で、安全なところだ。安心して暮らせるよ。」
暁はそう言ってカヤを下ろすと手を引いて牡丹屋へと向かった。カヤは初めて見る景色や人、物、店に気を取られながらも暁に手を引かれて牡丹屋に入った。牡丹屋と言っても客がいる店の中ではなく、ぐるりと裏を回って「母屋」と呼ばれる牡丹屋で働く人たちが生活したり休憩したりする家の中に入った。暁は牡丹屋の皆を集めてカヤを紹介した。
「今日からこの店の引込禿になったカヤだ。よろしく頼むよ。」
暁の言葉に皆が一斉に「はい!」と返事をする。すると皆の元気の良い返事を真似したくなったのか、「はい!」と幼く高い声でカヤも返事をした。その途端、皆がどっと笑った。なぜ皆が笑っているのか分からず、カヤがきょとんと暁を見上げると、暁は笑って言った。
「牡丹屋に禿が来たのは三年ぶり、しかもカヤの年の禿は久しぶりだからね、みんな嬉しいんだよ。」
「そうさ、カヤ。みんなあんたが可愛いって笑ってんだよ。みんな、あんたの仲間だからね。」
紅葉も笑って言った。カヤは嬉しそうに肩をすくめて、えへへと笑った。
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