カヤとトヨ

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 湯舟に入ると、カヤはトヨの髪を梳かしはじめた。背中の真ん中あたりまであるトヨの後ろ髪を手で梳いたり湯につけたりとカヤは試行錯誤したが、まるで指が通らない。後ろ髪は諦めて今度は前髪を梳かす。トヨの前に移動して両手で前髪を分けると、トヨの顔が初めてはっきりと見えた。 「こんなところにほくろがある。」 トヨの窪んだ左目の下に、ほくろを見つけた。そっと右手で目の下を撫でるとトヨは少しくすぐったそうに動いた。前髪も後ろ髪と同様に複雑に絡まっており、カヤの手ではどうしようもできない。髪は大人たちに頼もうと決め、カヤはトヨの体を洗うことにした。 「これ、米ぬかっていうんだ。これで体を洗うんだよ。」 そう言ってトヨに体の洗い方を教えてやると、トヨは拙い手で自分の腕を洗い始めた。 「女は綺麗でなくちゃいけないよ。お客さんも、あたしたちが綺麗じゃなきゃ損な気分になるからね。だから体はちゃんと洗って、髪の毛もちゃんと丁寧に手入れするんだよ。髪は女の命だから。・・・って暁姐さんが言ってた。」 カヤは優しくトヨの背中を洗い流しながら言った。トヨの背中は骨が浮き出て肩が強張っている。ところどころに新しい痣たちが、痛々しくその存在を主張していた。 「この痣は誰にやられたの?」 カヤはトヨの肩から湯を流しながら問う。トヨは黙ったまま唇を噛み、そのまま湯舟へと入った。カヤは一緒に湯舟へ入るとトヨの頭を撫でた。 「言いたくないことは言わなくていいって、暁姐さんが言ってた。人が言いたくないことを無理に聞き出しちゃだめなんだって。」 カヤはそう言って湯船から上がると脱衣所へと戻った。トヨもあとから続く。 「これ、今日からトヨも着るんだよ。赤い着物に黒い帯は、禿の証。」 手ぬぐいで体をふきながらトヨに教える。トヨも手ぬぐいをくしゃくしゃにしながら体の水滴を拭くと、真っ新な長襦袢の上から真っ赤な着物に袖を通した。トヨの絡まりあった毛先から冷たい雫が落ちて赤い着物に染みを作った。
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