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雨文
雨が降る。
古びたアパートの一室、『郡山』と書かれた表札の扉が開いて、傘をさした少女が屋外に設置された郵便ポストまで歩く。ボツボツと傘が雨を弾く音が鳴る。自分のポストのダイアルを回して鍵を開け、戸を全開まで開いて片手で抑える。露わになった郵便ポストの中身を取るために持っていた傘を首と肩で挟んでとめる。空いた手をポストの中に伸ばして、入っている手紙をまとめて掴む。用を済ませたポストの戸をゆっくりと閉めて、挟んでいた傘を手に戻す。ピチャピチャと鳴る足音を気にしてそろりそろりと家に戻る。
「ふぅ」と家の扉を抜けて一息。
閉じた傘を買って間もない円柱の傘立てに差し込む。靴を脱いでリビングに続くドアを開けて暖められていた空気に落ち着く。部屋は一人暮らしのために模様替えされた大学生生活を過ごす六畳の一室。ベッドとテーブル、座るために敷かれた座布団、洋服を入れるクローゼットに文庫本と教科書の入った本棚がある。
「はぁ」といつも通り自席に腰を下ろして一息。
目の前に置かれた一人用のテーブルに持ってきた手紙を広げる。手紙は二通。一通は機械で印字された『通知』が記されたハガキ。一通は手書きで書かれた『郡山 彩香様』と銘打たれた便箋の封筒。少女はハガキの内容を裏表流し見ると、手元から離れたテーブルの端に放置した。
封筒を開く前に一度、キッチンに行くために席を立つ。お湯を沸かしてインスタントのカフェオレを作る。猫柄のマグカップを手に持って、再びリビングに戻る。座る前にカフェオレを一口。テーブルの上に置かれた封筒をマグカップと入れ替えるように手に持つ。封筒をくるりと反転させて送り主を確認する。裏の左下には宛名と同じ筆跡で『古賀 明』と書かれていた。
郡山彩香と古賀明は小学生からの幼馴染でお互いを竹馬の友と呼べるほどの仲である。小中高と同じ学校に進み、勉強も遊びも時間を共にし、同じ趣味の友人たちにも恵まれて彼女らは楽しい学校生活を過ごした。
ただ、いくら気の合う二人でも何でも同じというわけにはいけなかった。無情にも離れてしまった学力は二人に別れを強要した。離れないという選択肢はあったもののお互いの将来を思えばこそ、二人は別れることを決意した。彩香は北の名門へ、明は南の中堅へと進学を決めた。
受験を終えて以降、実家を出ることを余儀なくされた二人はそれぞれ一人暮らしの準備を始めることとなった。忙しいくなった二人の予定は噛み合わないまま、別れを惜しむ間もなく別々の地へと移住することとなる。その悲しみを緩和するために二人は文通を始めることにした。SNSによってお互いを知る手もあったが、文通という古典的な手法に神秘と温もりを感じてのことだった。
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