そして、セカイは裏返る。

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そして、セカイは裏返る。

 世界を脅かす魔王が討伐されてから、早一ヶ月が過ぎようとしている。未だにどこの町もお祭り騒ぎだな、とギルバートは苦笑した。どこもかしも英雄を称える文言で溢れかえっている。救世主万歳、世界に平和を齎したヒーロー!そんな言葉を聞くたび、ギルバートはどこか背中が痒くなるような気持ちになるのであった。  そう、そうやって褒め称えられているのはすべて、ギルバートのことなのである。  魔王を倒した勇者、ギルバート・グレイスの名前は、その日のうちにあっという間に広まった。理由は単純明快。魔王が倒されると同時に、魔王に支配されていた全ての町から暗黒の霧が消え、それによる病に苦しんでいた人々が皆快方に向かったからである。魔王がかけていた、全ての暗黒の呪いが解けた証であった。病だけではない。毒の茨に閉ざされていた森も、汚染されていた湖も、町々を襲っていた凶暴なモンスター達も皆いなくなった。そして、魔王の城から、魔王らしき鬼の首を持って出てきた剣士が目撃されれば――噂が広まるのはあっという間というわけである。 ――みんな、よっぽど苦しんでたんだな、魔王に。それにしたってちょっと浮かれすぎだと思うけど。  やれやれ、とギルバートは苦笑しながら町を歩く。そろそろかな、と思うと同時にぐいっと後ろから手を引っ張られた。この引っ張り方にもそろそろ慣れて来たところだ。女の子のくせに、えらい力が強い――拳士のジョブスキルを持つ少女。 「もう、どこほっつき歩いてたのさギル!探したんだよ!?」  赤茶色の短髪に同じ色の瞳。明朗快活な町の娘は、にっかりとギルバートの腕を握って笑った。  ジェニー・ローゲン。可愛い顔とはうってかわって、むき出しの腕や肩は鍛え上げられている。この町で一番の力持ち。この娘につい先日酔った勢いで腕相撲勝負を挑まれ、ボコボコにやられてしまったのは記憶に新しい。 「みんな、英雄様ともっともっと話したいって言ってるんだよー!頼むから、外出するならちゃんと声かけていってってば!」 「いやいやいや、もう俺が魔王を倒してから一ヶ月だよ?いつまでお祭り気分なのさ。ていうか、もういっぱい話はしたじゃないか」 「まだまだ全然足らないの!特に今日は叔父さんが百年物のミズーリのお酒持ってきてくれたんだよ?すぐに行かないと飲みっぱぐれるけどいいの?」 「う」  なんとも上手い娘だ。ミズーリ、はギルバートが一番好きな種類のお酒でもある。まだ二十歳になったばかりなのであまり大量に飲むわけにもいかないが、それでもその名前を出されてしまっては戻らないわけにはいくまい。  ましてや、ジェニーの叔父さんの持ち込んだお酒はどれもこれも一級品と来ている。同じお酒であっても味には微妙に差が出るものなのだが、叔父さんが持ってきたお酒で外れが出た試しはないのだ。卑怯なヤツ、と思いながらもギルバートは渋々彼女に従うことにした。どうせ、また同じ話ばかりせがまれるんだろうな、と思いながら。
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