1,溺れる花①

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1,溺れる花①

夕日が焼ける。小さな部屋の窓から差し込み溢れかえるオレンジ。(ゆい)の足が薄いラグをずらす。口に含むのをやめて見上げると男がこのまま果てたいとでも言いたげな目をする。 「だめ。しよ。」 この部屋で初めてしたのは三年目の春。与えられた隠れ家は昼間は彼の妻子が過ごす場所だった。裕一(ゆういち)の営む雑貨店の二店舗目、その二階にある事務所。ふと紺色が目に入る。それが持ち帰り忘れた子供の靴下だと気付きながらあえて触れずにソファベッドに寝そべった。 店の鍵を閉めて後から階段を上がってきた裕一が隣に寝ると結が上に被さる。右手でベルトを外しながら、普段はしないキスも許し合う。甘い香りとタバコの残り香。ちょうど二年前、二人がキスから始まったことを思い出して胸が疼く。それから子供の靴下が頭をかすめ、その向こうに妻の顔が浮かんだ。こんなことを考えながらキスしてるなんてこの人は思ってないんだろうな…。私がいつも心を隠したまま軽率に脚を開くから、真意など気付く術もない。 耳が好きなことは知ってる。女の耳を攻める男は自分もそうされたい男が多い。私は舐められるより噛まれる方が好きだ、なんて伝えたことはないけれど、何も言わなくてもそうしてくれた男も居たなとふと思い出す。 吐息を漏らす裕一の好きな場所でペロペロと出した舌を一度離してから、耳たぶから上へ滑らせる。その間にシャツの裾から忍び込ませた右手の爪で左胸を彷徨う。小さな突起に爪を掛けると、裕一の両脚が間にある私の右膝をぎゅっと挟み込んだ。首筋を舐めながら左手でシャツをまくり上げ左手も胸で遊ばせる。求められキスをすると、裕一は眠ってしまいそうに穏やかな目をしながら私を見上げた。優しい目…普段とは大違い。引っ掛けた爪で弾いて抓ると眉間に皺を寄せて小さく唸った。相手の胸を舐めるか噛むかで求める嗜好も違う。裕一は抓るタイプ。私も抓られたいタイプ。それから、噛んで欲しい。もちろん、最中も。 キスをやめて、今度は突起に舌を下ろすと労わりながら転がした。右手は下へ。優しく掴んだら焦らしたぶん大きく反応した。かわいい。早く含みたくなる。優しく強く愛でたくなる。この瞬間のこの気持ちは、その二人が男と女なら女にしかわからない。それも多くの女ではきっとない。どの瞬間より愛しい。大事にしたくなる。一番弱いもののような気がして、守りたくなる。 やっと唇が辿り着いた頃にはもう潤っていて舌を下ろすと裕一はまた声を漏らした。汗の匂いと石鹸の香り。他の誰かの匂いはしなかった。 「良すぎる…」 「挿れていい?」 結が言うと裕一は笑った。 「俺なんもしてないよ?」 「…挿れたい」 切なそうに見つめると裕一が脱ぎ捨てたズボンのポケットからゴムを出した。見届けて上に乗ると結は自身で場所を探した。 「もう入るの?」 「…うん…」 言ってるそばからグッと圧迫感に襲われてミシミシと中を埋め尽くされる。 「あぁ、」 「あっっ…」 二人一緒に声が出て、至福と良さで結は急に困惑した。 「どうしよう」 「ん?」 「きもちよすぎて…」 「ふっ」 眉を寄せて困ったみたいに笑う彼の顔を同じような顔をした私が見下ろす。二人は薄いゴムの隔たりだけで繋がって同時に味わう気持ちよさに困惑している。そのことが結を満たし泣きたくなるような感情の昂りに全身を震わせた。 途中裕一が体勢を変えて背後から突くとまた視界に子供の靴下が入ってきた。悪いパパでごめんね。悪いお姉さんが盗っちゃってるね。またすぐ返すから。今だけ。今だけ…。 そのとき、スマホが鳴って震えた。結の目の前に落ちている裕一のスマホ。画面が光り、妻の名前が浮かび上がる。見えてるのかと思った。心の声、聞こえたのかと思った。 背後から裕一の手が伸びる。スマホを取るのかと身構えた。愛人より妻を選ぶ瞬間を黙って大人しく待ってないといけない。そのことに不満が生まれかけた。どんなに軽く預ける体でも、この時間だけはその存在に嫉妬する。 しかし、裕一の手はスマホではなく結の肩に掛かり、反転させられる。そのまま向かい合って覆い被さると勢いよく差し込まれた。 「ああっ」 裕一は何も言わず、漏れる声をキスで塞いだ。 泣きたくなる。今この瞬間快楽を最優先にされたことを喜んでしまう。妻の着信音が呼びかけのようで、この声も体の音も妻に聞かれてるみたいで興奮した。強く突かれれば突かれるほどキスをしたまま溢れる声が頭に響いてこれ以上ないほどの快楽に溺れ仰け反った。 鳴り響く着信音がようやく止む。 変わらず強く突かれ、奥に届いて圧迫されてきもちいい。どうしよう、たすけて。もうすぐ、もうすぐ、果ててしまう…。 堪らず、言ってしまいそうになる。伝えたくなる。思ってるのか思ってもないのかもう分からない気持ち。 すきだよ。 「いっちゃぅ…。」 代わりに出た言葉は真っ直ぐに裕一へと届いた。優しく笑った裕一が髪を撫でて見つめ返す。 「いいよ。」 裕一の指が胸の突起を抓り、またキスで声を封じ込め、呼吸が間に合わなくて苦しくなる。同時に一番良いところに容赦なく当てられて、結は裕一の背中に回した手の爪を立てるとタイミングも測れないまま体全体を震わせて深く果てると何度も大きく収縮を繰り返した。 あれから何度この部屋で抱かれただろう。繋がり合うのはあの日が初めてというわけではなかった。だけど結にとってここはあの日の感情を呼び起こさせる場所。忍び込むだけでドキドキして好きが溢れる場所。妻と子と愛人の最低な共有スペース。裏切りの隠れ家。 濃いオレンジに染まった部屋の中で体の中心に裕一を感じながら、あの時はまだ肌寒かったこの部屋が暑い夏の終わり、昼間の残り熱と自らの体温で火照っているのを実感した。 「ねぇ」 「ん?」 すきだよ。 「もっときもちよくなっていい?」 裕一の上で自分の腰を振り続けながら言った。 思ってることと違う言葉を選ぶ切なさにまた気持ち良くなる。 裕一は優しく困ったみたいに笑って、腕を伸ばす。首筋に添えられた手を引き寄せてキスをする。 それから腰を突き上げて、声を上げた私に、あのときみたいに優しく、いいよと言った。
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