2,初恋日記①

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2,初恋日記①

[17歳] かつてそんなタイトルのドラマがあった。結にとっての青春はまさに17歳の暑い夏に芽が出て、淡い色の花をつけ、やがてその実が落ちるまで一瞬一瞬を焦がすように全身で走り抜けた。 その頃の記憶は今も、滲む汗と眩しい太陽の光が伴って必要以上にキラキラしている。 高校二年の夏休み明け、二学期の始業式。結は体育館に集められた生徒の中にいた。微かに流れ込む風に乗って蝉の声がまだ聞こえる。ムワッと蒸せる汗や香水の匂い、煽ぐことを禁止され手に余す価値の無いうちわ、長くて誰も聞いていない校長の話は終わりが見えず、いっそこの場で倒れ込んでしまおうかと思うほどに退屈していた。 「ね、あれ、新任?」 後ろに並んだ莉奈(りな)が結の肩を伸ばした爪でつんつんと突いた。莉奈の指が、壇上で話し続ける校長の後方に設けられたパイプ椅子に座る見覚えのない若そうな男を指した。 「え、二学期から?」 「誰か辞めたっけ?」 「どうだっけ、終業式の記憶ない。 辞めた先生いた?」 聞かれた莉奈は少し考えてから思い出したように笑った。 「あ、私出てない」 そうだった。莉奈は終業式を当然のことのようにサボったんだった。そのことを思い出し、二人で声を殺して笑っていると生徒の後ろを見張っていた生活指導の中島がボールペンで結と莉奈の頭をこついた。 「それでは、ご挨拶を」 長く続いた校長の話が終わり、挨拶を促され男が立ち上がった。莉奈が指を指したその人は背が高く、スタイルが良さそうで、さらに顔も整っていた。 「えー、今日から非常勤講師として一年間、一年生と二年生の日本史と世界史を担当します、倉木(くらき)(だい)です。受け持ちのクラスの方にはまた授業でご挨拶したいと思いますが、よかったら皆さんからも気軽に声かけてください。よろしくお願いします。」 周りがザワザワしている。その大半が女子の浮ついた声だ。例外なく莉奈も華奢な手で結の肩を揺らした。 「ちょっとかっこいいよね、ね? クラスどこ持つんだろ。うち来たらどうする?結、あとで話しかけてみようよ」 「わかった、莉奈についていくよ」 莉奈や他の女子生徒の高まりは結にも理解できた。確かに顔もスタイルもいい。だけどそれだけでなく、倉木先生の声と話し方に見た目以上の好感が持てた。 どんな先生なんだろう。 何歳なんだろう。 かっこいいから、彼女いるんだろうな。 なんだか変な興味ばかりが膨らんで、すぐ後で莉奈と追いかけた時にはなんて話しかけようか二人ともテンションが上がりきっていた。しかし、自分のクラスが受け持ちであるという情報を先に得たクラスメイトにすれ違い様に教えられ、なんだかその気が失せてしまい、梨奈と二人でがっかりして笑った。 「もうー!」 「私たちが聞きたかったのに!」 「そうだよーー」 言いながらホッとした気分で、上がっていたテンションが落ち着き、ケラケラと笑いながら来た道を戻った。 その週の日本史の授業の日。スタスタとスリッパで廊下を歩く音が聞こえ、やがて教室の前で止まると一息置いて引き戸が開かれた。結たちは待ち構えていた分、クラスに入ってきた倉木を見るなりにやけ顔が止まらない。 教壇に立ち、クラスを見渡すと、照れたように赤くなる。 「……ちょっと待った。 なんで、みんなそんなニヤニヤしてんの」 そう言ってつられてにやける倉木を男子が茶化してどっと笑いが起こった。そんなクラスの歓迎ムードに倉木はすぐに打ち解けた。 そんな倉木を、結はすでに目で追い始めていた。理由は分からない。ワケなどない。ただ、目が離さないと言った。
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