129:神の蘇生

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129:神の蘇生

「──私が、神様を蘇生させるぅ!?」  エレナが思わず驚きの声を上げる。  何故なら、ヘレにとんでもないお願いをされたからだ。 「エレナ、貴女にならできるわ。私が見込んで治癒の加護を預けた貴女になら! 絶対に大丈夫よ!」  ヘレは満面の笑みでそう言うが、エレナは不安で仕方なかった。  ヘレのお願いはこうだ。ヘレが本来の神の姿に戻り、武器(リリィ)をゼースの心臓に突き刺す。しかしその際、どうしてもゼースと融合しているデウスまで殺してしまうことになる。そこでエレナの出番というわけだ。 「先ほど言ったでしょう、『夫ゼースを打ち倒し、我が息子デウスを救う希望こそ今ここにある』と。リリィはゼースを打ち倒す希望の方です。デウスを救う希望こそ、貴女のことなのよ」 「私だって、貴女の力にはなりたいし、この状況はなんとかしたい! でも、いくらなんでも神様を蘇生させるなんて、」  エレナがそう言いかけると、ヘレはエレナの口を人差し指で抑えた。 「待って。もちろん、エレナ一人に神の蘇生をさせるわけではないわ。ここにはエレナを慕う魔族、悪魔、勇者……それに魔王だっているじゃない! 皆の力を集めるの。それは今、突然現れた私では不可能よ。皆をこの場に繋いだ貴女でなくちゃダメなの。人間の強い信仰心が神の力になるように、力を分け与えるには、分け与える相手に強い想いを抱いていないといけないから」 「強い、想い……」  エレナが突然の提案に戸惑っていると、そんなエレナの背中を押す者がいた。 「いいんじゃないか? 女神ヘレの言う通り、その役目はお前に相応しいと思う」 「の、ノーム」 「特に余はな。お前への愛なら誰にも負けないつもりだ」  そう得意げに笑うノームにエレナは顔が熱くなった。「もぉ! ノームったら!」と照れくささからノームを怒る。だが、そんな彼のおかげで少しだけ心が楽になった。  周囲の皆がエレナに視線を向ける。 (……リリィだって、覚悟を決めた。怖いのは皆同じなんだ。私は、この場に遊びに来たんじゃない。戦いに来た。なら、私にできることは全部やろう!) 「──分かった! やってみるよ! だから、皆、私に力を貸してね」  魔王、勇者、悪魔。セロ以外の全員が頷く。  神の蘇生。人間を蘇生するだけでも想像を絶する苦痛を伴うというのに、それはどれほどのものなのだろう。恐怖はある。だが、自分の弟がやると言った以上、エレナだって引き下がれない。 「エレナ、頼んだよ」  小さな柔らかい手がエレナの手を握る。リリィだ。エレナはその手を強く握り返した。任せて。そんな自分なりの返事を込めて。  リリィはエレナの想いをしっかりと受け止めたようだ。嬉しそうに笑って、エレナの手を離した。そして── 「──リリィ、」  次第にリリィは黄金の光を身に纏っていく。徐々にヘレのいう“武器”とやらに形を変えていくのだろうか、強くなっていく光にリリィの姿は消えていく。エレナは涙をぐっと堪え、黙ってそれを見守る。 「エレナ。……いいですね?」 「うん、大丈夫! やれるよ!」  ヘレの優しい問いかけにエレナは頷いた。そんなエレナの返事にヘレは「ありがとう」とだけ言うと、リリィ同様、黄金の光に包まれていく。サマルク広場中に光が包み込み、目が開けられなくなる。 「……っ!!」  次にエレナが目を開けた時には、デウスと同じぐらいの大きさに巨大化したヘレが黄金の剣を握っているではないか。ヘレは黄金の剣の剣身を撫でる。その黄金の剣こそ、リリィの本来の姿。  ヘレの兄ディオニスが残した、神々の希望──! 『剣に触れるのも、随分と久しぶりね……』 『──!』 『あら、ゼース。貴方も久しぶり。よくも私の息子をそんな風にしてくれたわね!!』  女神ヘレの登場にようやく叫び声だけを上げ続けていたデウス──いや、ゼースが動いた。一際大きい雷鳴が響き渡り、迅雷がゼースの腕を貫く。ゼースはその迅雷すらあっさりと手で掴み、そのまま()のように持ち直す。まさに神業。人智を越えた光景に一同は唖然とする他ない。  怒り狂う夫の姿にヘレは怯まない。長年探し続けた希望が手の内にある。今こそ、息子を救う千載一遇のチャンス。絶対に、見逃すものか。 『エレナ、後は、頼みましたよ──!』  ヘレはそう叫ぶなり、ゼースに剣を振り下ろす。対してゼースも稲妻の槍でそれを受ける。二人の神の力がぶつかりあい、稲妻が地面に溶け、地が割れ、突風がエレナ達を突き刺す。 「エレナ!」  ノームがすぐにエレナを支える。ノームの腕の中でエレナが悲鳴を上げた。  何故なら──デウスの稲妻の槍が、()()()()()()()()()()()()。  二つ目の稲妻。ゼースは片手で剣を受け、もう片手で二本目の稲妻の槍を手に取り、ヘレの腹に突き刺したのだ。ヘレの口から血が流れる。ガクンと身体が崩れかけた。 『がはっ……。そうでした。貴方は昔から、そうやって卑怯な人でしたね』  貫かれた腹が赤く滲む。だが、ヘレは不敵に笑ってみせた。その笑顔にほくそ笑んでいたゼースが困惑している。 『ですが、こんな痛み、ないも同然なのです。我が子供達が貴方に受けた痛みに比べれば。数多の神々を喰いつくす父の姿を見てしまっただけではなく、最後は自分も喰われてしまったデウス。何も悪いことはしていないはずなのに、生まれただけで大罪と罵倒され続け、弟まで失ったクロス。彼ら二人が受けた痛みは、こんな、槍で貫かれた痛みほどではありません……!』 『──、──!!』 『ゼース。私は今まで、貴方が何回も何回も浮気をしても許してきました。だけど今回は許しません。もう二度と貴方みたいな邪悪な神が誕生しないように、その根源まで破壊しつくします──!!』  電炎がヘレを襲う。右腕、顔、足。しかしヘレは怯まない。下がらない。ただゼースの心臓だけに狙いを定めている。何度も何度も致命傷を負っても決してヘレは倒れない。そんな彼女にゼースの方が一歩後ずさってしまう。  その瞬間を、ヘラは見逃さない。 『──さようなら、ゼース』  一瞬だった。一瞬でゼースの胸が黄金の剣に貫かれる。ゼースの身体はそのまま内部から黄金の光が漏れだし、陶器のように粉々になって砕け散っていった。  その際に、ヘレの持っていた剣が光を失うのを、エレナは確かに見る。  ヘレはそのまま膝を崩した。しかしまだ終わってはいないと砕けたゼースの破片から何かを探す。目的のものを見つけると、彼女はエレナに巨大な手を伸ばした。 『エレナ、これを』 「!」  ヘレの巨大な手の中には、常識的な人間の少年程度の大きさに縮こまった正真正銘のデウスの遺体があった。その美しい白髪と同じくらい真っ白な肌に命は感じられない。セロがすかさずその遺体を受け取った。 「デウス! デウス!」  人間には想像できないほど長い時間をデウスを救うためだけに費やしてきたセロ。そんな彼がデウスの遺体を見て、取り乱さないはずがない。エレナはノームから離れ、彼に近寄る。その時のエレナの目は──血の様に真っ赤だった。 「セロ、どいて。私が──蘇らせる」 「──!」  セロはゆっくりエレナを見上げる。その顔には、今までの原初の悪魔の彼では到底見せなかったであろう涙が流れていた。エレナは黙って屈み、デウスの手に触れる。 「じゃあ、今から私は使命を果たす。だから皆、力を貸して!」  エレナがそう言うと、「任せろ!」という強い声が背後からいくつも聞こえた。  私はいい仲間を持った。エレナはこっそり口角を上げ、呪文を唱える。  ──世界を救うための、奇跡の呪文を! 「──蘇れ(レクシオン)!」  エレナがそう叫んだ瞬間、黄金の光の柱がデウスから空に高く真っ直ぐ昇っていく。  エレナは、全身を刃物で刺されているかのような鋭い痛みに襲われていた。 (これが、神の蘇生……! 今までとは比べ物にならない……! 死ぬ、死んじゃう……!)  ブチッブチッと身体の中から嫌な音が聞こえてくる。視界が霞んでいく。耳も、遠くなる。  ──でも、それでも、エレナは蘇生を止めない。何故なら── (でも、女神ヘレの怒りも、リリィの覚悟も、全部ここで無駄にするのは、死ぬより嫌だ──!!)  エレナ、二度目の蘇生呪文詠唱。それによりさらにデウスに黄金の光が集約されていくのであった……。
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