16:魔王か父親か

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16:魔王か父親か

 ──一方、テネブリス城にて。 「エレナがいないだと?」  普段は穏やかな魔王が声を荒げるのは非常に珍しいことだった。中庭にて、ゴブリンやラミア、様々な種族の魔族がそんな魔王を見守っている。エルフ族の若者達が、魔王に跪きながら事の詳細を説明していた。 「はい。数時間ほど前までは図書室で本を読んでいらっしゃるのをケット・シーが目撃していたのですが……」 「憶測ですが、エレナ様はおそらく我らが植物採取の為に利用する扉を使って禁断の森に行ってしまわれたのではないかと。エレナ様の強い希望に扉の番人お化けも思わず通してしまったのでしょう。あの方は好奇心が強いようですから……」 「──どうなされますか、陛下。もしも本当に彼女が森へ行ったのなら、生存の可能性は限りなく低いかと」  アムドゥキアスの問いに魔王はしばらく硬直したが、我に返ったように身体を揺らす。そうして禁断の森へその爪先を向けた。固い革靴の音がコツコツと強く響く。それは焦る魔王の気持ちを表しているかのように思えた。 「今すぐにエレナを救いにいく。(わたし)は父親だ。娘の無事を信じない父親はいないだろう」 「お言葉ですが陛下、」  そこで、アスモデウスが魔王に立ちはだかる。その顔には悔しさが滲んでいた。アスモデウスの長い爪が、彼自身の手の平に食いこんでいる。 「どうして、どうしてあの人間を貴方様の娘にしたのですか! アタシは悲しい……っ、アタシ達では、貴方の孤独に寄り添えなかったということですか……っ!? 陛下、どうかあの女を見捨ててください! あの女は、貴方には不必要な存在なのよ!!! お願いですから、どうか目を覚まして!!」 「……!」  アスモデウスが叫ぶ。皆が魔王に注目した。荒ぶるアスモデウスの肩に手を置き、アムドゥキアスまで魔王に頭を下げる。 「陛下。貴方があの人間をこの城に入れたことで、テネブリスの中で貴方への不信感を覚える者が出始めました。絶対的な我らが支配者として完璧な存在、それが陛下なのです。だというのにそんな陛下の傍にいるのが、よりにもよって我ら双子を散々汚しゴミのように扱ったあの“人間”であることがどうにも我慢できない。貴方の右腕として(わたくし)からもお願いします。あの娘を見捨ててください、陛下……!」  魔王は黙った。しかし、そんな魔王からピリピリとした魔力が溢れてくるのを魔族達は感じていた。その感情の正体は彼らには分からない。しばらく痛みを感じるような沈黙が続き──  魔王が、やっと動いた。  魔王は立ち塞がるアスモデウスの肩に手を置く。 「……お前達の気持ちを、考えずに行動してしまったことは謝ろう」 「! じゃあ──」 「だが我はそれでもエレナに会いに行く。我はエレナの父親だ。例え共に過ごした時間は短くとも、そのせいで我の魔王としての立場が危うくなったとしても……我は娘を守る。否、守りたい」 「でも、貴方は──完璧で、絶対的な──!!」 「アスモデウス、」 「っ、」  悲しそうな声だった。アスモデウスは自分が魔王にそんな声を出させてしまった事を後悔する。今の魔王に顔があったのならば、きっと眉を下げて困ったような笑みを浮かべていただろう。 「お前達は我を些か神格化しすぎだ。我も怖いものは怖いし、悲しいものは悲しい。我はな、“完璧”ではないんだぞ……」 「あ──」  魔王が進む。アスモデウスはそのまま膝を崩した。髪を掻きむしり、己の過ちにやっと気づく。魔族達は魔王を引き留められないでいた。アスモデウスと同じ心情をその場の皆が抱いたからだ。  しかし、その時。 「パパ―――――!!」 「!?!?」  突然降ってきた場違いな声にその場にいた全員が顔を上げた。なんとそこには湖色の──ブルアックスドラゴンという希少な種の子ドラゴンがこちらへ飛んできているではないか。しかもその背には今しがた会話の中心であったエレナがブンブン大袈裟にこちらへ手を振っている。 「パパ!! 受け止めて――――!!」 「っ!」  エレナがドラゴンから跳び下りた。魔王がすぐにその華奢な身体へ手を伸ばすと、エレナの身体が羽のように軽くなり、ふわりと浮く。そうしてゆっくりと魔王の腕の中へ収まった。エレナが魔王の固い胸板に頬を押し付ける。 「パパ!! 受け止めてくれてありがとう!」 「エレナお前、なんて無茶を……いや、それよりも……」  ──無事なのか。  少しだけ震えた声だった。エレナは一瞬ポカンとして、すぐにへにゃりと頬を緩める。 「心配をかけないようにすぐに帰るつもりだったんだけどごめんね。ケット・シーさんのアドバイスを元に森に行ってみたんだけど帰れなくなっちゃってさ。帰る方法聞くのを忘れた私のドジのせいで、ケット・シーさんにも迷惑かけたよね? でも森でドリアード様と仲良くなったり新しい友達も出来たり、色々あって凄く楽しかったんだよ! ね? レイ!」 「ぎゃーう!」  レイと呼ばれた子ドラゴンが翼を広げて鳴く。その鳴き声の風圧で小さなゴブリンが数匹吹っ飛んでしまった。魔王はエレナの言葉に首を傾げる。 「ケット・シーの、アドバイスだと……?」 「うん?」  魔王の後ろで数人のエルフ達がビクリと身体を震わせた。そのうちの一人の肩に乗っていたケット・シーも忍び足でその場を去ろうとする。しかし魔王は見逃さない。魔王の影が瞬時に伸び、ケット・シーの足を掴んだ。そのまま魔王の眼前まで引き上げる。 「にゃにゃにゃぁあああ!! ひぃっ、ご、ご慈悲を!! ほ、ほんの出来心でさぁ!! え、エルフ共に依頼されたんだねぇ!! 小娘を森に追いやれってぇ!!」 「……エルフ達よ、どういうことだ」 「っ、」  魔王の目の赤い光が強さを増した。エルフ達はブルブル怯えて、額を地につける。珍しく本気で怒りを表す魔王に事情をなんとなーく悟ったエレナは慌てて自分の方へ顔を向かせた。 「ちょ、パパ! 怒らないで! ケット・シーさんのおかげで得られたものがあるんだから! ストップスト―ップ!」 「エレナは怒っていないのか? 彼らはエレナを殺そうとしたのだぞ……?」  魔王の問いかけにエレナは頬を掻いて苦笑する。 「ちょっと悲しくなったのは本当だよ。でも“パパの娘”になると決めた時から覚悟してることだし、私は大丈夫」 「エレナ……、」 「それにね、パパ。私、そのおかげでとっても凄い魔法を──」  エレナが自分の能力について話そうとしたその時だった。その場がやけに暗くなった。皆が再び頭上を見れば、成体のドラゴンが数匹こちらに降り立ってくるではないか。アスモデウスがハッとした表情になる。 「──マモン!」 「!?」  見れば先頭のドラゴンに背負われていたのはマモンと数人のゴブリン達だった。マモンは意識を失っているのかぐったりとしている。しかしまず先に目がいくのはその右腕だ。マモンの右腕はまるで破裂して消し去ったかのように酷い有様だったのだ……。
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