18:マモンを救う手段

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18:マモンを救う手段

 マモンの傷は当たり前だが、出血が酷い。魔族にとって出血は命の糧である魔力がだだ漏れしている状態なので非常に危険である。現に今のマモンは虫の息だ。しかも今回の場合は特に魔力の流出が激しいだろう。 (服に無作為に散らばった血痕や断面に残った皮の様子からして、右腕はやっぱり内部から破裂して吹き飛んでる……)  ……ここで、エレナがどうして「内部から破裂して吹き飛んだ」ように見えたのか。そう見えるには、実際にそうなった有様を見ている必要があるだろう。つまり、エレナには心当たりがあったのだ。こんな風に、身体が吹き飛んでいるのを見たことがある。 「()()()()()()()……」  きつく唇を噛みしめた。実はエレナはマモンの右腕がエレナの後釜であるレイナ・リュミエミルの光魔法によってこうなったのだと一目見た時からピンときていた。  ……というのも光魔法は魔族を浄化する力であるが、それは相手の魔力回路に相反する魔力を流し込み暴走させ、内部から破壊していくという仕組みである。つまり治癒魔法が対象者の魔力回路に合った魔力を流し込む魔法であることに対して、光魔法は対象者の魔力回路には合わない魔力を混入させる魔法であるということ。  実際にエレナも白髪の聖女だった時は村を襲う魔物を光魔法で浄化したことがあった。エレナの光魔法を受けた全ての魔物達が内部から今のマモンの右腕のように破裂し、粉々に散っていったのだ。  故に、先程マモンの魔力流出が今回特に酷いというのはそういう意味だ。今のマモンは魔力回路そのものを破壊されてしまった状態。もし薬草などで止血しても、そもそも魔力の通り道がぐちゃぐちゃにされてしまっているので魔法が使えなくなる可能性が高いし、最悪の場合先が短いかもしれない。魔力供給をして命を繋ぐにしても両親が既に死去しているというマモンに適合する魔力を持つ者を探す時間がない。  故に、彼の将来を見据えた最適な治療方法はエレナの治癒魔法だろう。ドリアード曰く、治癒魔法は対象者へ大量の魔力を流しても耐えられるように対象者の魔力回路を整え、強化する効果もあるという。上手くいけば破壊されたマモンの魔力回路もその効果でなんとかなるかもしれない。   「エレナ、無理はするなよ。レイの火傷を治すだけでも三十分もかかったのだ。腕を丸ごと……しかも魔力回路ごと再生させるなど、何時間かかるか……。いくら其方の魔力は尽きなくても、いや、其方の魔力が尽きないからこそ、其方の身体の方がもたない可能性が高い」 「分かってる」  エレナはマモンの血だらけの腕に手を掲げる。周囲の魔族達が唾を飲み込んだ。皆がエレナの力について半信半疑であった。そして、周囲の注目を浴びながら息を整えたエレナは──叫ぶ! 「癒せ(ヒーム)っっ!!」  エレナの両手の平から黄金色の光が集束していった。そうしてある程度の光度に達するとマモンの腕の断面に真っ直ぐ伸びていく。エレナは一瞬、意識を失ってしまうかと思った。魔力が凄い勢いでマモンに流れていくのを感じたからだ。エレナの鼓動がドクンドクンと異常な速さになっていく。全身の血管を極限まで張りつめられたような感覚がエレナを襲った。 (初っ端から、こんなにきついわけか……っ、う、)  視界が霞む。やはり先程レイを治癒したダメージが未だにエレナの中で蓄積されていたようだ。けれどあんなに大口を叩いた手前、もうエレナは引き返すことなど出来ない。ルーとレイがそんなエレナを見て、心配そうに鳴いた。エレナは苦しげに眉間を顰め始めたマモンの顔を見て、ぼんやりと彼の笑顔を思い浮かべる。  ──『えっと、そういうわけです元聖女のお嬢さん。僕に殺されたくなかったらこの魔王様の娘になりなさーい』  ──『僕とまず友人になりましょう』  ──『いいえ。エレナ様はここを立ち去る必要はありません。この子は僕の友人で、陛下の娘です』 (……っ、私が、テネブリスに来てからそんなに心細くなかったのは貴方というお喋りな友達がいてくれたからだと思っているよ、マモン!)  エレナは両腕にさらに力を籠めた。そうするとマモンの出血がみるみるうちに収まっていくではないか。これには魔族達も驚きの声を上げる。知識欲の旺盛なエルフ達が他の魔族を押しのけて、一番近くでエレナの魔法を見ようと接近した。ドリアードがそんなエルフ達に「エレナの気が散るからそんなに近づくな!」と怒鳴る。まぁ、当のエレナはそのやり取りすらも聞こえないほど集中していたのだが。  ──そうして、()()()()()()()()()()()()。  真夜中。辺りは勿論暗闇である。魔族達はそれぞれ炎魔法や焚火で周囲を照らし、ただひたすらエレナの様子を座って見守っていた。魔王も、アスモデウスも、アムドゥキアスも、皆がマモンの回復を願いながらエレナを見つめているのだ。 「……はぁ、ふ、はぁっ……うっ、」  沈黙の中、エレナの悲痛の吐息だけが聞こえる。エレナは歯を食いしばった。マモンの血が止まったのはいい。しかしそこから進む気配がないのだ。確かに魔力はマモンの方へ流れている。そのはずなのに……腕が再生する様子が見えない!   エレナは焦る。呼吸をする度に身体が大袈裟に揺れて、ポタリと汗が飛び散る。ドリアードがそんなエレナを励ますように声を掛け続ける。 「エレナ、大丈夫だ。今、マモンの魔力回路が徐々に回復している。其方には見えないかもしれないが、妖精の我にはしっかりその効果が視えている。だから焦るんじゃないぞ」 「そ、そう……それなら、いいのだけれど……ふ、は、はひゅー……はひゅー……」  ここで、エレナの呼吸が変わった。ドリアードはハッとする。エレナの身体が水分を欲しているのだ。 「おい! 誰か、エレナに水をやれ! 限界だ! 少しくらいエレナをサポートしろ! エレナはお前達の天敵だったかもしれないが、今はお前達の仲間を救おうと足掻いているのだぞ!」 「!」  エレナはそんなドリアードの言葉に気を逸らせずに、霞む視界に心の中で舌打ちをした。駄目だ駄目だと脳内で叫ぶ。 (水、水が……欲しい……喉が、喉が……、)  気休めに唾を飲み込み、エレナは治癒魔法に集中しようとするが……うっすらと唾液に血の味が混じってきた。自分の限界に見知らぬふりをしているのに、嫌でもそれを思い知ってしまう。  ……その時だった。
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