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25:ノーム・ブルー・バレンティア
その後、エレナとノームは草の間から剥き出しになった平たい岩場に並んで座る。エレナは久しぶりの人間との会話に何を話していいのかイマイチ分からなかった。ノームのグリフォンとレイの、幻獣同士の方が会話が捗っているようだ。
「……驚いたよ。まさか貴女がテネブリスにいるなんて。魔王に連れ去られたのは本当なんだな」
「連れ去られたというか、助けられたんです。あのままだったら私は元婚約者に処刑されていましたから」
エレナはぎゅっと膝の上で拳を握った。今思い出すだけでもあの絶望感は忘れられない。自分なりにウィンやスペランサ王国には尽くしてきたはずだったのに自分が白髪の聖女ではなくなるとあっさり処刑だ。尤も、先に王国を裏切ったのはエレナの方なので文句は言えないのだが。
「ノーム王子、質問があります。どうして……どうして貴方はテネブリスに来たのですか? どうして魔王を襲ったのですか」
「決まっているだろう。魔王を殺す為だ」
「っ!」
「余は一刻も早く彼を殺さねばならない。そうだエレナ、余に協力してはくれないか!? 君はどうやら魔族達に信頼されているらしいからな。成功した暁には我が国で君を保護しよう!」
「──ふざけないでっ!!」
エレナは思わず叫んでしまった。掴まれた腕を払い、肩を上下させる。ノームはそんなエレナに眉を顰めた。
「……気になっていたのだが、君は先程魔王を父と呼んでいたな? どういうことだ? 余は君が『魔王に絶対の忠実を誓った魔女』だと聞いている。しかし以前会った時の君の印象からして、それはデタラメだろうと確信していた。……だというのに、君はその噂の通り心の底から魔王に与しているのか!? 保身の為の演技ではなく!?」
「本心ですよ! 私は心の底から、パパを、魔王を愛しています! テネブリスの魔族達だって、皆私の大切な家族なんです!」
「……っ、魔王の闇魔法で精神干渉でも受けているのか、君。自分の言っていることが分かっているのか!? 目を覚ませ!」
「っ、」
エレナはノームに強く両肩を掴まれた。しかしその時、エレナの堪忍袋の緒が切れる。エレナは逆にノームの胸倉を掴んで、その頬を思い切り引っぱたいてやったのだ。パァンッと皮膚と皮膚が勢いよく弾ける音が辺りに響く。ノームは打たれた方向に顔を向けたまま、唖然とした。
「……、お前……今、余を打ったのか……?」
「はい! 本当は拳でぶっ飛ばしたいくらいですよこの野郎!」
「なっ!?」
「いいですか、耳の穴かっぽじってよーく聞いてください! テネブリスは今まで自分から人間を襲ったことなんてありません! そもそも人間の国を襲うメリットがない! 食料はパパの魔力で豊富だし、土地はまだ民が少ないってのもあるけど余裕があります! たまに人間の国に行ったりしますけど、それはそちら側が魔族を奴隷として扱ってる施設があったから救出しに行ってるだけです! それに考えてみてください! パパは私をスペランサの処刑場からあっさり転移魔法で救ってくれたんですよ!? パパが本気を出したらいくらでも人間の国に攻め入ることができるのにそうしないのはどうしてだと思いますか!? ねぇ!! ねぇっ!?!?」
「うっ……わ、分かったから強く揺するな、うえっ」
エレナは鼻息を荒くしつつも、ノームから離れた。ぷいっとぶっきらぼうにそっぽを向く。
「知ってますか? 魔王でも悪夢を見るんですよ。どんな夢だと思いますか?」
「……、」
「血相変えて自分を殺そうとする人間達から、必死に逃げる夢ですよ」
「! そんな馬鹿な、あの魔王が……?」
「貴方はパパの外見でしか彼を判断していない。パパは本当は世界一優しくて、臆病なんです。見た目がいくら怖くたって、凄い力を持っていたって、その人が傷つかない証拠にはならない。テネブリスに来てから、私はそれを嫌という程学んだんです。私達人間は、今まで魔族を傷つけすぎました」
エレナはため息を吐いた。彼女はアムドゥキアスやアスモデウスを初めとする、人間に深い傷を負わされた魔族を間近で見てきたのだから、熱が篭もってしまうのも仕方ないだろう。少し前までは自分もノームのような人間だったかと思うと、自分自身に腹が立つ。……腹が立ち過ぎて泣きそうだ。
「恐ろしい見た目だったら、愛してはいけないのですか。パパと呼んではいけないのですか……! 何も知らないくせに。あの人達がどれほど愛情深くて、優しい人達なのか知らないくせに。……っ、悔しい……」
エレナの足元にいたルーが、エレナの身体を伝ってその肩に乗る。そうして流れるエレナの涙を舐めとった。励ましてくれる小さな友人にエレナは微笑む。
──その笑みにノームは一瞬、見惚れてしまった。
「きゅう!」
「うん。ありがとうルー。落ち着いたよ」
「っ、お、おい……エレナ……」
我に返ったノームは口を迷わせる。エレナはそんなノームに冷たい視線と背を向けた。
「シュトラールへお帰りください。言っておきますけど、パパを殺すなんて貴方一人では不可能ですよ。勇者でもなんでもない貴方がパパを倒せるはずがない。はっきり言って自殺行為です」
「っ、分かっている! そんなことは分かっている……余は、弟のサラマンダーのように、期待されていないことも……所詮は落ちこぼれだということも……」
「!」
エレナは噛みしめるような声を漏らすノームに言い過ぎてしまったかと思ったが、なんとなく意地を張ってしまい、背を向けたままでいる。すると足音が近づいてきた。次の瞬間、エレナの腕をノームが掴む。
「!? ちょっ、」
「……すまなかった」
エレナはノームの腕を振り払おうとしたが、ノームの第一声に目を丸くした。ノームは目を泳がせつつ、エレナの腕を離さない。
「お前の家族を侮辱したことは謝る。余が、間違っていた。確かに余はテネブリスの事を何も知らない。お前がここで何を見て、何を感じたのかも。……よかったら、それを教えてくれないか?」
「ノーム殿下……」
「余は、その、お、おお、お前の事をもっと知りたく、なったのだが……」
褐色の頬に赤みが浮かぶ。エレナはそんなノームの言葉に本当に嬉しそうに微笑んだ。ノームの身体がその笑みにドキッと飛び跳ねる。
「──私も貴方の事をもっと知りたいです、殿下」
「っ! そ、それは、本当か?」
「はい。私はいずれ魔族と人間達が争わない道を選びたいのです。そのためにノーム王子と友好関係を結んでいた方がいいですしね!」
「!!」
エレナの容赦のない本音がノームの淡い想いを突き刺した。ノームは胸を抑え、先程よりも若干泣きそうな顔を浮かべる。
「……ま、まぁいい。余も魔族について少々誤った知識を学んでいたようだからな、うん。と、とにかくだ! これから余は君と友人から始めたいと思う。故に、もっと軽い口調で構わないぞエレナ」
「うん、分かった! ノームって呼ぶね! よろしく!」
「あ、あぁ。いきなりここまで親しくされるとは思っていなかったがまぁいいさ。……よろしく、エレナ」
そして、二人の手が力強く繋がれた。
エレナは己の思い描く理想──魔族と人間の共存への一歩を進めた(かもしれない)嬉しさで心が弾む。一方で、先程の魔王の事を語る愁いを帯びたエレナや今のように人懐っこくノームに話しかけてくるエレナ──この短時間で様々な彼女の側面に触れたノームはその全てに翻弄させられっぱなしであった……。
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