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38:パパにお願い
テネブリス城、玉座の間。中央都市に住むラミア達の都市開発の報告を聞きながら、魔王はどうにも機嫌が悪かった。表情は変わらないが、その背中からうっすらと闇が蠢いている。傍にいたリリスがマモンに耳打ちした。
「ねぇ、魔王様どうしたのアレ? あんなに顕著に機嫌悪いの久しぶりじゃない?」
「エレナ様ですよ。最近ずっとノーム王子と一緒に魔法の修行だと城にいませんから」
「ふぅん。つまり娘を持つ父親心ってやつね!」
リリスの的確な一言にマモンはため息を吐く。ノームという名前を聞いた瞬間、マモンの隣にいたアムドゥキアスがハンカチを口で咥え、悔しそうな顔をした。
「きぃいいっ! あのノームとかいう人間! ここひと月は毎日のようにエレナ様を独占して!! 私だって愛らしいエレナ様と毎日禁断の森で追いかけっこや綺麗な魔花探しなどしてみたいというのに……っ!! くぅうううううう! 私、あいつ嫌い!」
「アンタのところまでいくともはや病気ね……」
オーガのように怖い顔で歯ぎしりをするアムドゥキアスにリリスはドン引きだ。
するとその時、玉座の間の扉が勢いよく開く。その場にいた皆が注目した。扉から現れたのはエレナである。瞬間、魔王から溢れていた闇がひゅっと魔王の体内へ戻った。報告をしていたラミア達はそんな魔王の心中を察して報告を手短に終わらせた。
「──それで、エレナよ。どうしたのだそんなに慌てて」
魔王の声は弾んでいる。余程エレナに会えたことが嬉しかったのだろう。尤も、朝食中はずっと一緒にいたので長く会えなかったわけでもないのだが。エレナはどこかもじもじ落ち着きがなかった。その赤く染まる頬に、その場にいた女性陣は何かを察する。
「あ、あのね、パパ……その、お願いがあるのだけど」
「どうした。お前の願いなら我はなんでも叶えよう」
「えっと……その……」
エレナは意を決したように泳がせていた瞳を魔王に真っ直ぐ向けた。そして──
「今度、ノームのパートナーとしてシュトラールのお城で開かれるパーティに参加したいの!! だからその、許可が欲しいなって……思って……」
「────、」
魔王が黙り込む。皆が恐る恐る魔王に注目すると、その骸骨頭にピシッとヒビが入ったのを見た。そんな魔王に気づかずにエレナは残酷にも話を続ける。
「あ、その、そのパーティっていうのは実はシュトラールとスペランサの親交パーティなんだけど、髪の色とか変えて変装して参加できないかな。我儘だってのは分かってる。でも、私は──ノームと、彼と、一緒にダンスとかできたらいいなって……思って……」
エレナの顔が限界まで真っ赤になった。魔王の頭部のヒビがさらに広がる。男性陣はそんな魔王に顔を青くし、女性陣は淡い恋の予感に黄色い声を上げた。その場にいた女性のラミア達とリリスがエレナを取り囲む。
「きゃあぁああ!! エレナ様可愛いぃいいい!! ついに自覚したのね! 彼のどんな所が好きなの!? 今日は城の女性陣で女子会ね!」
「エレナ様、私達応援してますわ! 占いは我らの得意分野なので気になったらぜひ中央都市の館までお越しくださいな!」
「え!? ち、違う違う違う! わ、私はただ、彼とは友人として……っ、ちょっと!!! 皆どうしてそんなにニヤニヤしているのよ! ばかぁっ!!」
恥ずかしくて両手で顔を覆うエレナ。そんなエレナにようやく魔王が動き出す。
「──駄目だ。エレナに何かあったらどうする」
「っ!」
エレナが顔を歪め、しょんぼりと俯いた。その場にいた女性陣が魔王にブーイングだ。アムドゥキアスを始めとする男性陣は魔王の味方だったので、「エレナ様の恋を応援したい」女性陣VS「エレナ様は俺達が守る」男性陣による玉座の間戦争が起こる。魔王はそんな皆を止めたかったが、ノームとエレナが仲睦まじくダンスをしている姿を想像すると、どうにも頷けないでいた。
「ちょっと! エレナ様もれっきとした女の子なのよ!! たった数時間くらい普通の女の子として振る舞わせてあげなさいよ!! こんな城に閉じ込めて可哀想よ!」
「何言ってやがるんでい! そのパーティにはエレナ様の元婚約者も来るんだろうが! もしエレナ様が拘束されてまた処刑なんてなったらどうする!? それにエレナ様ほどの美少女に変な虫が寄ってこないわけがねぇだろ! あぶねぇ!」
「はんっ! 城の女性陣が優しくしてくれないからって、優しいエレナ様に縋ってるアホ共がよく言うわ! いいですか魔王様! 娘がとられたくないのも、娘に安全な所に居てほしいのも分かります! ですがただそれだけでは父親とは言えません! たまには旅立つ娘を黙って見守るのも大切なのです!」
「──っ!!」
リリスの饒舌に城の男性陣は(図星だったのか)壁にめり込み、散っていった。魔王も痛恨の一撃によろよろと後ずさる。そしてハッとした。女性陣側の切り札が現れたのだ。最後のトドメだとばかりに涙目のエレナが魔王を見上げ──
「──パパ、本当に、駄目なの……?」
「…………、」
──その後、エレナは何かあればすぐに魔王から渡される転移魔法の魔法陣で帰ってくることを条件に許可を勝ち取った。女性陣が勝利を収めたのだ。
夕食時、女性陣に囲まれて根掘り葉掘り聞かれることになったエレナは顔から火が出てしまいそうな気分だった。その一方で魔王は明らかに落ち込んでおり、男性陣に必死に励まされていたのだった……。
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