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41:二人だけの世界で君と踊る
「──ノーム!?」
エレナは口をあんぐりと開ける。周囲にいる貴族達も大体エレナと同じような顔だった。
何故なら──今、エレナの前にいるノーム・ブルー・バレンティアは──
「……ヘレン、待たせてしまったな。上手く前髪を切ってもらうのに苦労した」
そう。隠していた絶世の美貌をついに晒したのだ。ネオンブルーの宝石が二つ、その場にいた人間を男女問わず魅了していく。「素敵……」と無意識にこぼれた女性の声がチラホラ聞こえてきた。凛々しい眉、スラッと通った鼻筋、薄いピンク色の唇、白い歯……全ての飾りが芸術的に整っているその顔立ちにため息を溢さない人間はいないだろう。さらにいつもとは違って彼は胸を張っているせいか、その体格の良さも目立っている。もはや妖精の王子と言われても納得してしまうほどの美しさであった。
しんっ……と、肌を突いてくるような沈黙で会場は包まれる。ノームはそっと、エレナに手を伸ばした。
「ヘレン? どうしたのだ。こっちにおいで」
「……。……はっ!! え、あ、私かっ! は、はい!」
そんな優しい声で呼ばれてしまっては。エレナは頬に熱が集まる。どういうわけか彼の声がいつもより甘く聞こえる魔法にかかってしまったようだ。ノームはエレナの手を優しく包む。そして身長の高い彼を見上げた。
「の、ノーム……殿下。随分、イメージ変わっ……りましたね」
「そうか? ……ヘレンは、今の余は気に入らないか?」
「ううん! そんなわけない……です! ただ、その、カッコよすぎて、直視できない……かも……です」
「!」
ノームは目を丸くすると、自分のにやける口元を隠す。そうして二人は熱っぽい視線を重ね合わせ、自然に互いに微笑みかけた。舞踏会の開会を知らせる鐘の音でようやく周囲の皆が我に返る。
「──兄上、なのか?」
未だに唖然とするサラマンダーにノームは頷いた。彼はふるふる震えると顔を真っ赤にして俯く。エレナは心の中で彼に思い切り舌を出してやった。するとノームが自分の肘をエレナに差し出す。
「ヘレン、腕を」
「え?」
「ダンスはすぐに始まる。まず余とウィン様が踊ることになっている。ダンスデビューだからな」
「あ、は、はい!」
エレナはノームの腕を自分のそれと絡めた。互いの体温を分け合う幸せを感じながら、会場の中心へ向かう。周囲の視線はノームが独占していることは明白であった。テネブリスでダンスの猛特訓をしたとはいえ、注目の的であるノームのパートナーを務まるのかエレナは不安で堪らない。小声でノームに話しかけた。
「ノーム、失敗したらどうしよう……」
「ふふ、任せろ。余がちゃんとフォローするさ。互いに初めてのダンスなんだ。楽しもう」
「! うん、そうだね! せっかくなら楽しんだ方がいいもんね! よし、頑張って楽しむぞ」
「楽しむことを頑張ってどうするんだ」
いつもみたいな冗談交じりの会話にエレナは肩の力を抜く。そしてついに、ダンスの音楽が始まった。ノームとエレナ、ウィンとレイナが踊り始める。エレナは初っ端から躓きそうになったものの、ノームがしっかり腕を引いたことでなんとか持ち直した。エレナは失敗しそうになったことにより心臓が壊れそうだったが、可笑しそうに笑うノームに釣られて微笑んでしまう。
(そうだ、せっかくの舞踏会。今日を楽しむ為に私はここにやって来たんだから──)
(ノームの瞳、相変わらず綺麗。ずっと眺めていたいくらい。触れ合っているところから広がる彼の体温も、近づいた時に分かる彼の香りも、全部心地いいや)
(……ずっと、こうしていられたらいいのに、なんて)
舞踏会は回る。エレナはいつの間にかこの世界には自分とノームしかいないのではないかと錯覚してしまう。それほど目の前のノームしか見えなかった。緊張でカチコチに固かったエレナの動きが、次第に花園で舞う蝶のように軽やかになっていく。ノームは生き生きと踊るエレナに頬が緩みっぱなしだ。その二人の表情から伝わる“幸せ”に周囲の人間は思わず羨望を抱いてしまう。
──見て見て、ノーム殿下ペア。動きはまだまだ若いけれど……なんだかとっても素敵じゃない?
──本当に幸せそう。お互いに愛し合っているのね。二人の表情から伝わってくる。
──私が今の夫と踊っても演技でもあんなに楽しそうに出来ないわ。ちょっと、羨ましいわね。
しかしそんな周囲の中、エレナとノームを快く思わない者も勿論いる。
その一人として、踊るノームを鋭く睨む──サラマンダー・ブルー・バレンティアがいた。
サラマンダーは盛大に舌打ちをすると、これ以上見たくないとばかりに荒々しい足取りで会場を出ていった……。
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