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52:協力
「意外だったな。てっきり泣くかと思ったんだが」
シュトラール城の裏庭にて、サラマンダーがそう溢した。エレナはグリフォンを撫でる手を止めると、少しだけ俯く。
「……そりゃ、傷ついてますよ。でもそれ以上に私は怒っています。今のノームは殿下の言う通り、正気じゃない。レイナに何かされたんだ。……それに、想い人の涙を見て奮い立たない人間はいないでしょう」
「!」
(──まさか、こんな状況になってはっきりと自分の気持ちに気づくなんてね)
エレナはふっと口元を緩めると、自分の両頬を強く叩いた。そしてサラマンダーに振り向く。風がそよいで、その金髪がエレナの笑顔をより魅力的に飾る。サラマンダーの胸がドキッと微かに乱された。
「明日の婚約式が始まる前に私は必ずノームを正気に戻してみせます。テネブリスには魔法に詳しい妖精やエルフが沢山いるんだから、絶対に彼にかけられた魔法のヒントがあるはずです」
「そうか。ならば──俺も協力してやる。元々そういうつもりだったしな」
サラマンダーの一言にエレナはこてんと首を傾げる。サラマンダーはそんなエレナにため息を溢した。
「今回の兄上とレイナの婚約の件、父上は勿論猛反対している。だがあの性悪女に恩恵教の権威を武器に脅されていてな。あの女、臆病な父上の性格を非常によく理解してやがる。だから父上も苦肉の策として魔法云々の専門家であるテネブリスの協力を仰げと俺に言ってきた。もしテネブリスの協力でこの件をどうにかしてくれたのならば、シュトラールはテネブリスを正式な国家として認める、ともな」
「!」
エレナは目を見開いた。
テネブリスは現状、人間の国々に「国家」として認められていない。魔族達で勝手に形成されている野蛮な小国規模の組織にしか思われていないだろう。だが、もしシュトラールという大国を後ろ盾にできたら──。エレナは口角が上がる。ノームを救う理由が一つ増えてしまった。
……と、ここでサラマンダーががしがし頭を掻く。これはどうやら彼が照れくさくなった時の癖のようだ。
「……ま、まぁ、そんな建前がなくても俺はお前に協力してやるつもりだったがな。……と、ととっ、友達だから、な! か、感謝しろよっ!」
「! ……ぶっ! あはははは!」
素直になれないサラマンダーにエレナはお腹を抱えて笑い出す。サラマンダーが頬を赤らめて「なんだよ!」と怒った。
「ふふ、すいません。まさか貴方にそんなこと言われるとは思ってなくて。でも嬉しいです。ありがとうございます、サラマンダー殿下」
「っ、べ、別に! じ、時間がないんだからさっさとグリフォンに乗れ! ……あぁ、あと、」
サラマンダーはまた頭を掻いた後──
「……サラマンダーでいい」
「え?」
「だ、だから、と、友達なんだろ!? それなりの口調と呼び方をしろと言っているんだっ! お、お前が本当に俺を友達と思っているなら……」
顔を見せないように先にグリフォンに乗る。エレナもそんな彼の後ろに乗って、彼の腹に腕を回した。耳のすぐ傍でエレナのクスクス声が聞こえる。グリフォンに乗るためだとはいえ、背後からエレナに抱きしめられる体勢にサラマンダーは心臓が破裂しそうであった。
「うん、分かったよサラマンダー。お言葉に甘えることにする。これからもよろしくね」
「っ、お、おう……」
そしてついに、エレナとサラマンダーはテネブリスへ飛び立った。
明日に迫ったシュトラールとスペランサ、二つの国家を巻き込んだ婚約パーティを阻止するために。──大切な人を、救うために。
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