焼肉定食

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焼肉定食

 指先ひとつで君を殺したかった。  決して全身で君を殺すことのないよう、髪の毛一本君に触れることのないよう、僕は万全を尽くした。  苛烈な日光の直撃を受けたコンクリートの床は、鉄板のように熱い。その上にぐったりと全身をほうりだしている君は、十五分と少し、つまりこの小説が書き終わる頃には立派なカルビになっているだろう。  油で焼けすぎないように、2メートル超の巨大なトングで君をひっくり返す。  日焼けを拒絶していた白い透けるような肌は、じりじりと焼かれたことでいい具合の焼き色が付いていた。これぐらい赤く火照って見えるほうが、実は好きだ。  さっきまでは呻くような声が聞こえていたのに、今は随分と静かだ。多分、声帯が焼けたのか、もしくは死んでしまった。人が肉になるのを見るのはこれが初めてじゃないけれど、たいていはロースとかフライドチキンだった。だから焼肉っぽいのは初めてで、僕はカルビが好きだから、彼女のことは記念にカルビ丼にしよう。  ――と、こんなところまで語るに落ちれば、賢明で聡明で聡慧な読者の貴方には、こう思われることだろう。  なんだ、この猟奇小説は、と。  だがそうじゃない。そうじゃない、何故なら僕は彼女を愛しているから、彼女のことを大事に思いその遺志を尊重したいと感じているから、今苦しくも、彼女をカルビに例えているのだ。  彼女だけじゃない。日本中の人間が、自身を生肉だと思い込み、焼肉のおかずになりたがるのを、もう僕は三ヶ月も見守り続けている。  きっかけはロシアの生体実験だったか、ドイツの細菌テロだったか、アメリカのバイオ研究だったか、なんだったかはもう情報が錯綜し過ぎて、恐らく一生「真実」なんてものは明らかにならないが――……。  数ヶ月前、突如、世界中の女性が「焼けた肉」になりたがった。  早めに兆候が現れたのは「フライドチキン」になりたがる女性だ。揚げ物になりたかった女性たちは気が早く、我先にと巨大なプールに油を入れてパーティーを始めた。夜な夜などこにいってもぱちぱちと油の弾ける音がして、僕の母もこの一群に混じって死んだ。おそらくきっと、僕は生涯二度とから揚げを食べられない。  勿論、女性のパートナーにあたる僕たち男性は必死で止めた。なぜか男性がこの奇病におかされることはなく、僕たちはこの3ヶ月もの間、いつでも女性を止める側だった。  父は母を止めたし、僕は妹を止めた。でも、彼女らの衝動は恐ろしかった。どうしても仕方ないのだ、堪えきれないのだ、どうか私の人生のために目を瞑って許してくださいとまで言われたら、僕たちに出来ることなんて、殆ど無かった。  そして、僕は恋人の自死を制するのをやめた。  彼女はどうしても焼肉定食になりたいと泣いた。この欲望を止めることは出来ない、なんなら焼きあがったあとは貴方に食べてもらいたいのだと叫んだ。  そんなことより僕には、彼女としたいことがたくさんあった。  江ノ島で泳ぎたいし、伊豆で温泉旅行したい。帰りに二人でファミレスでパフェを食べたいし、図書館で一緒に図鑑を読みたい。脱出ゲームに出かけて小さな謎で喧嘩したいし、仲直りの証にマカロン買ってあげたい。  そしていつか薔薇の花束と身の丈にあったリングを両手に、彼女の前に膝を付き、愛の告白をしてウェディングドレスを着せたい。  けれど、僕のそんな壮大な夢は彼女の焼けた肉にただただなりたい欲望の、どれ一つにも勝てなかった。残念だ。  ついに、皮と骨を突き破り、スカートが溶けてゆく。  茶色のローファーが蝋のように溶け出し、ぐちゃりと潰れたお好み焼きみたいに見えた。  上から青海苔をまぶすみたいにミモザの葉っぱをかけて、僕は君に古式の敬礼をする。  いただきます。 <了> 2016/05/16 即興小説 パニック系 15分
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