星声カタルシス

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星声カタルシス

 ねえ。どうしたらいいですか。君のことばを忘れて、わたしはこのまま生きるのも、死ぬのも、どちらも嫌です。愛情ってなんでしょうか。なにを忘れて生きていったらいいですか。なにも忘れるべきじゃないのかなあ――なんてこんなはなし、あなたは好きじゃないかもしれません。忘れるのも忘れないのも、好きなのも嫌いなのも、君に告げるために作ったことばたちも、なにもかもが消えうせて、死んでしまったらいいのになあって思いました。ねえ、死にたいって一人でいるときに呟いたことある? 雨のなかをひとりでぼうっと立ち尽くしてたことはありますか。眠くないのに机にふせってたお昼休みはどのぐらいありましたか。図書館と保健室の先生と、どのくらい仲が良かったですか。体育の時間を心待ちに、きみはしていそうだね。ばかみたい。ねえ、ばかみたい。  きみのことがすきです。  *  死にたいって一万回言ったら死ぬようにしてほしかった、なんて怖いことをきみがいうから驚きました。そんなこと考えたこともないよ。そりゃ、死にたいって思ったことはおれにも何度だってあるけど、でも、そんなの当たり前だろ。本当に死にたくて思っているわけじゃない、っていうところまで含めて、あたりまえだろ。  きみは一人でも、一人じゃなくても、死にたいって呟くそうですね。やめてください。頼むから俺か、俺じゃなくてもいいけど、とにかく誰かがいるときじゃないと、死にたいなんて言わないで。って言ったら、どうして? って聞かれて、もう、おれはあなたのことが理解できそうにありません。でも、仕方ないのかな。おれはきみのことがずっと分かりませんでした。でもそれでも、それだからこそ。  きみのことがすきです。  *  やっぱり分かってもらえませんでしたか。私が死にたいというとき、私はその言葉をたぶん、神様ってやつに聞かせたいのだと思います。どうだ、お前がたった七日間で作った世界で、そこに産み落とされた私が、こうして死にたいってつぶやくのは、いったいぜんたいどんな気持ちですか。楽しいですか、嬉しいですか、何とも思いませんか。それとも、世界中の死にたいって言葉に、いま打ち震えているのだろうか。ばかみたい。  ねえ、きみのことがすきです。  *  わかりました。もう、分かりました。だいたいのところは分かったので、とにかく君はしっかりと生きてください。おれもせいいっぱい手伝います。ほんとうです。なので、手伝う代わりに、といってはすこし取引的すぎてよくありませんが、とにかくちゃんとしてください。どうやってやるんだときみは聞いてきそうですね。分かりました、暫く教えます。どうすればまともなのか、どうすればふつうなのか、おれがいったん教えます。あのね、型から入るってことは、それはそれで大事なことだって、おれは思うんです。だからあなたをまずはいったんふつうにします。これを欺瞞とつまらないとおれのエゴだとあなたは言うかもしれないけど、でもそうします。理由はずっと言っているとおりです。  ねえ、きみのことがすきです。  *  そうして、世界が反転した。  星座がすべて海に落ちた。月の影が宙に上った。  コーヒーのなかにミルクがとけるみたいに、天の川はぐんねりと宇宙を旅している。  ねえ。  アンドロメダはどこにいますか。  きみは木星に住んでいたと聞きました。オリオンの右うで。  たぶん、何を言っているのか、君には分からないでしょう。  *  どうしてと君が聞いた。  おれはあなたの願いをかなえただけです。  きみの言葉で、どれほどおれが傷ついたのか、すこしは分かりましたか。と聞いたらきみは、これは当てつけなのかとわらった。違います。これは愛情です。  死にたいと一万回言ったひとだけ、ここに連れてきました。  ここにいるひとは、すべてあなたの仲間です。  そう言ったらきみが、世界中を見渡して、だれもいないじゃないと言った。  そうですね。たいていの人は、一万回のまえに、死ぬみたいです。  一万回も、死と向き合ったのはたぶんきみだけみたいです。死に一万と四百十二回、きみは接吻した。 「それで、まだ生きろっていうの」  そうしてください、とおれは言った。 <了> 即興小説 不条理系 15分
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