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俺の名は『土岐 純之介』。どこにでもいる、特に取り柄もないただの高校生だ。
少し秀でている点があるとすれば、家が呉服屋をやっている関係で着付けができるのと、勉強はまじめにやっているおかげで成績は悪くないという点ぐらいか。
運動は……まぁ良くもなく、悪くもなくといった感じだ。
今は部活も入っていないし、塾も習い事もなし。放課後は、こうして屋上でぼんやり風に吹かれるぐらいしかやることのない、つまらない奴だ。
”家”と言ったが、正確には俺の生家じゃない。俺の生家は、2年前に火事で焼け落ちた。両親は他界し、俺は”伯父”一家に引き取ってもらった。伯父のところには俺より2歳年下の従妹がいるから、なにかと気を遣う。
何ができるわけでもない、ただの子供である俺にできることと言ったら、できるだけ関りと金の負担をかけないことくらいだった。
自分で言っていてもため息が出る。
秀でた能力もない。情熱を燃やすほどの何かもない。稼業を継ぐ予定もない。家にも、居場所はない。
じゃあ、俺はいったい何なのか――?
まるで空に浮かんでいるかのようだ。どこにも地に足が着いていない。何も掴んでいない。ふわふわふわふわ……目に映る雲のように、ただ浮かんでいるだけ。
校舎で一番高い場所にいるのに、グラウンドで汗を流す生徒たちの声が響いてくる。そういえば、あれほどの大声を出したこともない気がする。何かに一生懸命になっている声が、今は耳をつく。
そういう時、俺は無意識に鞄の仲を探る。探していたものは、すぐに視界に入った。
着物の端切れで作られた匂い袋だ。
男が身につけるには艶やかで華やかな柄――扇と薬玉が描かれた着物をリサイクルしたものだ。伯父と一緒に暮らしていた祖母が亡くなる少し前に作ってくれた。
どう見ても女物だと言って突っぱねることはできなかった。祖母は、俺のことを可愛がってくれた。その祖母が、あえてこの柄を選んで贈ってくれた想いを、俺は理解しているつもりだったから。
少し強い風が、手の中の匂い袋の香りを乱暴に押し流していく。逃れていく香りをしまい込むように、きゅっと握りしめた。
と、その時――突風が俺を煽った。冷たい空気を孕んだ風が肌に刺さる様に痛い。痛みに跳ねた手の中から、匂い袋がするりと滑り落ちた。
「あーー」
そして、俺の声など知らぬとばかりに風が匂い袋を運んで行ってしまう。ふわりふわりと、揺蕩うように。
「ち、ちょっと……待て!」
俺は思わず立ち上がって走った。手を目いっぱい伸ばすが、匂い袋を掴む事が出来ない。掴んだと思ってもふわりと逃れていく。
「この……待てってば!」
屋上の縁に足をかけ、ぐっと身を乗り出し、両手で匂い袋を掴むと、ようやく風から取り戻す事が出来た。が――
この屋上はフェンスも何もはっていなくて、ほんの少し縁が段差になっているだけだ。その段差というのもひざ丈程度のもので、少し大股になれば簡単に乗り越えてしまえる。今のように。
「う、うわあぁぁぁぁ!」
そして、縁の外側は何もない宙であって、そこに身を乗り出して倒れ込んだ俺の体は落ちるしかないわけであって――落ちるべくして、今、落ちていたのだった。
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