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「い、いやいや、そういう意味じゃなくて……!」
「おやめなさい、恭太郎。半蔵も、からかうものではありません。怯えているではないですか」
”恭太郎”と呼ばれた侍はぶすっとしながらも刀を下げ、”半蔵”と呼ばれた巨漢も、ニヤニヤしつつも肩を竦めて口を閉じた。
一同を一通り睨みつけてから、女性は改めて俺の方に向き直って、男たちに向けたものとは真逆の可憐な笑顔を浮かべた。
「確かに、まだ名乗っておりませんでしたね。私の名は綾と申します」
「は……綾、さん……」
そうぽそりと彼女の名を繰り返すと、頭上から恭太郎さんの刀より鋭い視線が降ってきた。
「す、すみません! 俺は……土岐純之介といいます!」
土下座する勢いでそう言うと、”綾”さんはぽんと手を叩いた。
「純之介殿ですね。これでもう、知らぬ仲ではありませんね。私と夫婦になってもよろしゅうございますか?」
「よろしくないです! 名前しか知りません!」
叫ぶと、また周囲から視線が降ってきて圧死しそうになった。
「まあ、これ以上何をお話すればよろしゅうございますか?」
「い、いやだって……お互いのことを何も知らないのに夫婦っていうのは……後々きっと後悔しますよ」
「まぁ、ここにいる全員、お互いに名前以外のことはほとんど知りませんが?」
「……え」
俺がそろりと周囲を見回すと、男たちはさも当り前と言うようにうんうん頷いていた。
「そりゃそうだ」
「お互い腹ん中を探り合うなんて野暮なこたぁしねぇやな」
互いに頷き合って、がははと笑う男たち。豪快と言うか、おおらかと言うか、いい加減と言うか……。
「じ、じゃあ……これだけは聞かせてください。ここは、どこなんですか? あなた達はいったい、何なんですか?」
この男たち相手に、よく言ったもんだと自分で感心した。男たちの眉がぴくりと動くのを見て、背筋を冷たい汗が伝ったが、男たちを制するように、綾さんが全員を睨み据えた。
そして、静かに立ち上がり、夕陽を背に負って、俺のことをじっと見下ろした。
「ここは、東雲丸。この空域を治める我々の船です」
”空域”を治める”船”……? おかしな単語だ。
だが綾さんは、かまわず続けた。
「そして我々は『藤浪党』。この空域を縄張りとする空の衆……”空賊”と呼ばれるものです」
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