28.さようならと言えない甘酸っぱいベリーソース【前編】

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28.さようならと言えない甘酸っぱいベリーソース【前編】

 ――目的は、達成された。 「お会いできる事が出来たようですね、明典」  呼んでもいないのに勝手に出てきたこの月の女神を蹴り飛ばしてやりたいなと思ってしまった僕の顔は、死にそうな顔をしていたのかもしれない。  僕の前に姿を見せた月の女神、ルナは少し悲しそうな顔をしながら僕の顔を除きこんでいる。別にそれは構わないのだけど、顔が近いから嫌なんだが。  整っている顔が目の前にあるのが正直嫌で、思わず目をそらしてしまいたのだが、ルナはそのような行動を見せず、ジッと見つめているのみ。  同時に、ふと僕は呟いた。 「……僕は、あとどれだけいられますか?」 「一つだけ聞きたいのですが、本当にそれでよろしいのですか、明典?」 「……約束、ですから」 「――『好き』と思える人が出来たのに?」 「……」  好き、なのかどうかわからない。僕にとってはそれは『依存』と同じ言葉だ。  僕は一人の女性として、血の繋がった相手である姉の事が好きだった。だからこそ、その気持ちを抑えて、僕は姉が幸せになるのであれば――と思って結婚相手の男を憎み、殺した。  全て終わらせて、僕はあちらの世界で、【死ぬ】と言う形をとって、現在に至る。 「……そもそも僕は、姉さんに会いたかったから」 「ええ、そうでしたね。神が哀れに思った姉である明菜を転生させ、今となっては勇者パーティーの一員になっておりますね……明菜の記憶がありませんが」 「らし……ん?ゆうしゃ、ぱーてぃ?」 「おや、知らなかったのですが明典。彼らは魔王を討伐する、勇者とその仲間ですよ。因みに勇者はあなたが言っていたシオンさんです」 「はぁ!ありえね!?」  そんなふざけた事があるのかと言う言葉を投げかけたが、ふざけてはいないらしい。マジらしい。  外の世界の事は全く興味がなかった為、小説や漫画に出てくるような勇者、魔王と言う存在たちが居るのかどうかは知らなかった。まぁ、クロさんやラティさんには魔法と言うモノを見せてもらったから、ああ、魔法はあるんだなと言う事は理解していたのだが。  あの、あの男が勇者なんて、絶対にありえないと思ってしまった。だって腹黒で何を考えているのかわからない、ニコニコした男なのだ。  マジなのかと言う顔をしてしまったのかもしれない。ルナは無表情で答える。 「マジですよ、明典」 「……あの男が勇者なんて、世も末だな……ミリーアさんたち大変そう」  とても良い性格している勇者と一緒にいるなんてすごく大変そうだなと思いながら、笑いながら旅をしているシオンさんの事を想像してしまった。きっと、体力削られているんじゃないだろうかと、そんな事を考えながら。  頭を抑えながら嫌な想像をしている僕に、ルナは話を続ける。 「因みに魔王ですか……これはあなたが可哀そうなので説明しません」 「え、なんで僕が可哀そうなんですか!?」 「きっと、本人の口から教えてくださると、思いますが……うーん、向こうもスレてますからねぇ……」 「ねぇ、不吉な言葉を言わないでほしいんだけど!!」  もうこの神様嫌だなと思いながら、明典は不穏な言葉を続けている月の女神に反論し続けている自分が居る。  ふと、考えたい。  ――僕は、さようならと言えるのだろうか?  あの、クロさんに。 「……」  シオンさんが出て行った後、ルナが目の前に現れた。  クロさんはまだ僕の前に姿を見せてくれない。いつもなら、扉の前に立ち、笑顔で僕の事を呼んでくれるのに、その姿が見えない。  言わないといけない。  僕は、目的を達成する事が出来たから、このお店を消して、そして僕は消えなくてはならないのだから。 「……消えたら、僕はどうなるんだろう?」 「気になりますか?」 「……地獄に落ちる事が出来るかな?」 「え、何不快な事考えているんですか明典」  人を殺しているのだから絶対に地獄に落ちるよなと思いながら呟きつつ、目の前にいた月の女神ルナは青ざめた顔をしながら明典に声をかけているなんて、知らない。  静かに、入り口付近を見つめる事しかできない僕に、ルナは静かに息を吐く。 「では、私はそろそろ戻ります……まだ、時間はありますから、考えておいてください」 「え、考えておくって?」 「あなたの事です」  真剣なまっすぐな瞳で、ルナは僕に目を向ける。 「――本当ならば、あなたに消えてほしくない。けど、それがあなたの望む事ならば」  悲しそうな顔をしながら、ゆっくりと消えていった月の女神の姿を、僕はただ静かに見つめる事しかできない。  居なくなってしまった月の女神が居た場所に視線を向けながら、僕は静かに息を吐き、再度入り口の扉に目を向ける。  消えた所で、クロさんの姿がない。 「……今日はベリーソースのパンケーキにしようかな」  今日は絶対に来てほしいなと願いながら、僕はクロさんが食べるパンケーキを作る為に台所に行こうとした矢先、勢いよく扉が開いたので驚いた。  良い音が響き渡る中、驚いた顔をしている僕の姿を見つめている一人の男――クロさんが現れた。  クロさんが現れた事が嬉しかった僕は顔に出してしまいそうになったが、すぐに引っ込め、いつもの表情、いつもの笑顔を見せなければいけないと思い、作り笑顔を作ろうとした、はずなのに、作れない。 「い、いら……」 「――アキノリ」  クロさんは『店主』と呼ぶ事なく、僕に手を伸ばした。
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