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第三話:過去
勘助と兼続がそれぞれ所属する武田組と上杉組は昔から仲が悪かった。二組の縄張りの境にあるドブ川は川中島とあだ名で呼ばれそこで事あるごとにドンぱちやっていた。二組の抗争は激化し、お互い猫の手も借りたい状態になっていた時、勘助と兼続は共に地元でスカウトされた。そして東京に連れてこられて、それぞれ武田組、上杉組に入ったのである。勘助はその喧嘩っ早い性格が災いして盃をもらえなかったが、礼儀を弁えた兼続は上杉組組長上杉景虎に気に入られ、一年もしないうちに盃をもらい、組員としてチンピラ達のまとめ役をしていた。
勘助はいつまでも盃をもらえずいまだに使いパシリしている現状に苛立っていた。どうしたら親分に盃を貰えるだろうと考えてたある日のことだった。いつものように事務所の掃除をしていると後ろから幹部の山県が彼の背中を叩いたのである。勘助がハッと振り向くと山県は「組長がお呼びだ。他の奴に掃除やらせるから早く行け」と言ってきた。勘助はとうとう盃を貰える時が来たと大喜びし、武田組組長武田晴信のところに向かった。勘助は組長の部屋に入るのは初めてなので震えたが、そんな自分に喝を入れるためにギュッと目を閉じると、ドアをノックをした。すると「おぅ、入れや!」と組長の晴信がドスのある低い声で返事してきたので、勘助は震える手でドアを開けた。
部屋の真ん中に虎の剥製の敷物があり、奥の壁にはあの有名な四つ菱の武田組の家紋を飾った額縁と、風林火山ののぼりが三本立っている。でかい黒光りする机がその前にあり、そこに坊主の巨漢の毛むくじゃらの男が虎模様の椅子に座っている。これが武田組組長、二つ名で甲斐の虎と呼ばれているあの武田晴信なのであった。
晴信は「近こう寄れや」と例のドスのある低い声で勘助を呼んだ。勘助が机の向かいの椅子に座ると、晴信はおもむろにワインを取り出して勘助に突きつけた。ワインわ見た瞬間、勘助の胸の鼓動は高まり、まさか洋酒で盃を交わすのか?と思っていると、晴信はさらに一枚の写真と一本のドスを勘助の前に置いて晴信は声を潜めて勘助に言ったのだった。
「こいつのタマとれや。こいつのタマ取ったらお前に盃をやる。そのかわり臭い飯は食ってもらわにゃいかんが、ムショから出てきたら幹部にあげてやるぞ!」
勘助はそう言って頭を下げる晴信を見て震えていた。組長直々の命令で、しかもタマはあの上杉組の組長上杉景虎ではないか。コイツをヤったら自分は全国的にも有名になれるはず、しかもムショから戻ってきたら自分には幹部の席が待っているのだ。
それから勘助は毎日上杉組を前で見張り、景虎が外出する時間とその時に彼を守る組員の数をチェックした。そうしてやれるタイミングを見計らって、あの夜上杉景虎の殺害を決行したのである。しかし、あの男、今勘助の隣で作業している男のせいで盃をもらうことも、そして幹部になることも全てがパーとなってしまったのである。
「ボッとしてんじゃねえよ!このカスちゃんと働けや!」
「なんだとコラー!ヤクザのくせに真面目に労働すんなや!ボケ!」
生意気にも兼続のやつが注意してきたので彼はいつものように言い返してやった。勘助は兼続が心底憎かった。スキがあればぶち殺してやりたいといつも思っていた。それは兼続もまったく同じであった。しかしあの朝食の大ゲンカから二人は罵倒だらけであったものの、だんだん会話を交わすようになっていったのである。二人は相変わらずあの夢を見ていたが、夢は相変わらず互いのドスが突き刺さった瞬間が繰り返され、二人はいつものように異様な恍惚感を感じながら目覚め、そしていつものように目を開けると互いが至近距離で向かい合わせになっているのでぶち殺すぞコラー!と互いの下半身がまた湿っているのを恥じながらいつものように殴り合うのだった。
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