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第四話:野球
今日の日課は野球であった。囚人同士が紅白の2つのチームに分かれて試合を行うのだが、今回はもっと囚人同士の交流を深めさせたいという、看守の意見が取り入れられ、部屋の垣根を取っ払いチームを無作為に分けることにした。そうして勘助と兼続はそれぞれ別のチームに入り、敵同士として試合を行うことになった。
勘助と兼続は互いが別々のチームになったことを聞かされると、これで思いっきり相手をボコボコに出来ると喜んだ。ぶち殺してやる。タマを思いっきり打ち込んでやる。そう喜んでいると二人の下半身がいつものように膨らんできた。それに気づいた彼らは隠すためにまたいつものように殴り合うのだった。
二人はいつものように殴り合いの朝食を終えると、それぞれ壁際で野球の試合へ向かうために支度をはじめた。そしてしばらくして刑務官が赤チームのメンバーを呼びにやってきた。ここで呼び出されたのは勘助を含めて三名である。勘助は兼続を睨みつけこれで心置きなくお前を殺せると言い放った。しかし兼続は勘助を無視してずっと横を向いたままだった。
勘助が出て行った牢屋ではなぜか自分が一人ぼっちのような気がした。なぜか寂しい気持ちがこみあげてきて涙腺が刺激されてしまう。
「オラ!何ぼっとしてんだあ!お前野球やんねえのかあ!」
突然の怒鳴り声に驚いた勘助はハッと顔を上げたのだが、そこに他の囚人たちが立って自分を睨みつけているではないか。勘助はさっと立ち上がり刑務官と囚人たちの後を歩いて行った。
勘助たちが野球場に着いた時はすでに兼続たち赤チームがウォーミングアップをしていた。鋭い球の音がグランドに響きわたる。誰かが投球練習をしているらしい。勘助は投げているのは誰かと思って音の鳴る方を見て衝撃を受けた。何と投げているのは兼続だったのである。こんちきしょう!何で奴が投げているんだ!まさかピッチャーじゃねえだろうな!勘助は腹立ち紛れに「アイツがピッチャーならウチのゴールド勝ちじゃねえか!」と毒づいたが、それを聞いた隣の男が彼の肩をツンツン叩いて彼に話しかけてくた。
「おめえ、アレがヘボに見えるか?俺刑務官から聞いたんだけど、あの兼続って奴は高校の頃野球やっていたらしいぜ」
これを聞いて勘助は激しく苛立った。このクソガキ、野球少年がヤクザやってんじゃねえ!俺がぶち殺してやる!イキリたった勘助は隣の男に自分のポジションはどこだと尋ねた。
「8番のライトだ」
勘助はこれを聞いてブチ切れて俺もピッチャーにしろと喚いた。俺が奴にデッドボール当てて一生動けない体にしてやるぞ!だがそんな勘助の戯言は当然聞き入れられるわけはなく、一回表の今、勘助は不貞腐れながらライトにぼうっと立っていた。
いっそ試合なんか放棄してかえってやれと思った。だが、そうしたら高校野球のピッチャーであったらしい兼続の奴はスターになっちまう。そんなことは絶対にさせねえ。勘助はどうしたら兼続に赤っ恥を掻かせることが出来るか必死に考えた。だが誰かがその勘助に向かって叫んでいるのを聞くとハッとして何事かと周りを見渡した。
「上だ!上を見ろ!」
言われた通り上をみたらなんと自分の頭にボールが落ちてくるではないか。勘助はグローブを構えようとしたが、時は遅し、ボールは見事彼の顔面にヒットしたのである。
しばらくして目覚めた勘助は真上に心配そうに自分を見つめているを連中の顔を見た。その中にはなんとあの兼続までいるではないか。兼続は何故か動揺した顔で自分を見つめているではないか。勘助は自分がボール如きで死ぬ人間じゃない事をアピールするために猛然と立ち上がった。みんなその勘助を見て一斉にほっとした顔をして安堵のため息をした。中でも兼続は一際大きなため息をついていた。彼は思わず勘助に声をかけた。
「よかったぁ、塀の中で人を殺さなくて。何もなくてよかったぜ」
「何でテメエが謝るんだよ!関係ねえだろうが!」
「いや、関係あるよ」
「何が関係あるんだよ!答えろよ!」と勘助は凄んだ。すると困ったような顔をして兼続が答えた。
「だってあのフライ打ったの俺だし……。いや、でもまさかあんなヘボヘボフライまともに取れねえ奴がいるなんて思わなかった。本当にごめん」
「バカにしやがってこのクソガキ!」勘助はそう叫びながら兼続に飛びかかった。もう試合どころじゃなかった。完全ヒートアップした勘助とそれに立ち向かう兼続の殴り合いになった。双方の拳が相手の顔面にぶち当たった。だが勘助と兼続はこの殴り合いに不思議な喜びを感じていた。思い出すぜ。あの雨夜の出来事をあの時吹き出す血に良いしれぬ恍惚を覚えたもんだ。殴り合う二人に便乗して他の連中も乱闘を始めた。もう完全に珍プレー好プレーだ。だがすぐに刑務官が警棒を持ってやってきた。勘助と兼続はすぐに捕まり共にしょっぴかれてしまった。
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