第一話:血と雨の恍惚

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第一話:血と雨の恍惚

 妙に生温い夜だった。空はさっきまで見えていた星が分厚い雲で覆い隠され、今にも雨が降りそうだ。  さっきから上杉組の事務所の前のビルの隙間に潜んでいた勘助はずっと空を見上げていた。やがて視線を下げ、今度はドスを鞘から抜き剥き出しの刃物を見た。磨き抜かれたドスはネオンライトで危険なほど眩しく光り、そこに勘助は茶髪で切れ長の目をした自分の不安に満ちた顔を見た。  彼はかぶりを振った。ダメだ!こんなんじゃダメだ!せっかく男になるチャンスじゃねえか!組長直々の指名じゃねえか!上杉組の組長の景虎をヤるって!臭い飯なんざいくらでも食ってやるって言ってきたんじゃねえか!彼は気合いを入れるために自分を拳骨で殴り、上杉組の事務所の玄関を見た。  ちょうど玄関のドアが開き、そこにスキンヘッドの冷酷そうな男が出てきた。ヤツだ!組長の景虎に間違いはなかった。勘助は迷いを捨てて、煌めくドスを構えると、そのまま景虎目掛けて突っ込んでいった。  突如現れた刺客に上杉組の連中は慌てて勘助に向った。しかし、勘助は風の如く身をかわした。とうとう勘助はすばやく丸腰になった景虎を追い詰めた。ヤってやる!ヤッてやる!勘助は獲物を仕留める虎のように、景虎に刃物を突き立てたその時だった。突然黒い影が割り込んできたのだった。思わぬ助っ人の登場で計画が狂った勘助はドスを引こうとしたがもう遅い。ドスはそのまま黒い影に突き刺ささってしまった。刺さった腹部から血がドクドク溢れ出てくる。勘助は顔を上げて自分が刺した男を見た。  自分と同じ二十歳ぐらいの年の男だった。黒髪が夜のライトに照らされ艶やかに光っている。そして彫りの深い顔を歪ませて勘助を睨みつけている。「兼続!親分は無事か!」と遠くで声がする。勘助は刺したドスを引き抜こうとするが抜けない。すると相手の男が、震える手で自分のポケットからドスを抜いた。そして苦悶に歪んだ顔で「このクソガキが!」と叫び勘助の腹部を刺したのだ。  互いに刺されたドスの激痛に耐えられず、二人は若く美しい顔を歪ませなからのたうち回る。そして血を程走らせ、絶叫する。するとしめやかに降ってきた雨が血塗れの彼らをしっとりと濡らし始めた。雨に打たれた血塗れの男達は苦悶と恍惚に満ちた表情で同時にまるで二重唱のように叫んだ。 「アアーッ!」 「アアーッ!」  ……またあの夢かと勘助は刑務所で目覚めた。そしてすぐ下半身が湿っていることにも気付いた。慌てて目覚めると、そこにはいつものように兼続が自分と向かい合わせで寝ているではないか!なんでいつもコイツと離れて壁際に寝ているのに、朝起きるとコイツと部屋の真ん中でくっついて起きてるんだと苛立っていると、兼続も瞼を開けた。それから二人は互いに下半身を湿らせているのにも関わらず、朝からいつものように殴り合いを始めたのである。 「このクソ野郎!またオレを殺ろうとしたな!油断も好きもあったもんじゃねえぜ!」 「テメエこそ、俺に刺された復讐がしてえんだろ!こいよコラァ!今すぐ殺してやるぜ!」  そんな二人のケンカを同じ部屋の囚人は慣れた手つきで止めて、いつものように説教する。 「やめんかコラァー!ここの部屋誰が仕切っとると思ってんねん!ワイらやぞ!ホントにおどれら新入りのくせして問題ばかり起こし腐って!仲悪いんやったらくっついとらんで離れて寝ろや!ホンマええ加減にしとかんと腕折るで!」  説教された二人は渋々互いに離れた場所で壁に向かって座った。そして勘助と兼続は共に相手に自らの下半身の湿りを感じとられなかったかと疑うのだった。
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