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知らないことを知るために
「何ボンヤリしてんの。」
織に顔を覗き込まれて、ハッとする。
久しぶりに実家に帰ると、そこはさながら戦場になっていた。
早くも歩き始めた瞬平と薫平に目が離せなくて、織は大変そうだ。
海が小学校に入って空が保育園に入って、これで少しは楽になるかと思いきや。
沙耶と万里の息子たちプラス泉は、海と空以上にハイテンションな子供だったりする。
「最近思うのよねー。」
ふいに、織がつぶやいた。
「何。」
「うちの本部にも、働く母親っているでしょう?」
「ああ。」
「二階堂では今の色んな事が当たり前になってるけど…あたしは、働く母親も出来るだけ子供達と一緒にいられる環境を作りたいのよね…」
「…へえ。」
「本部にさ、乳幼児専用の教育ルームを作ったらどうかなって環は言ってくれてるんだけど…どう思う?」
「教育ルーム?」
「そう称しておけば古い頭の幹部も文句は言わないだろうし、何より…やっぱり親子はそばにいたいじゃない?」
「……」
「あたしも、いつかは現場に出る。今、こうして子供達のそばにいれる事、すごく幸せに思う。だけどそれって、あたしは特別だからよ。あたしは…母親である二階堂の女性全員に、子供は生まれた時から一個体だっていう古い考えを取り除いて欲しいの。」
確かに、二階堂には働く母親が多くいる。
そして、子供が生まれても…母性を持ち合わせない女性も多い。
「…ありかもな。教育ルーム。」
俺が首を傾げて言うと。
「…そ?良かった。」
織は笑顔になった。
「でも、それだとまたそれに併せて、教育係を置かなくちゃなんねぇんだろ?」
「そう。それなのよ。」
万里の嫁さんの紅は、記憶喪失でありながらも殺し屋という過去を持っていて。
本能がそうさせるのか…武道や銃術に関しては右に出る者がいないほどの腕を持っている。
それで、今は新人育成の課に配属されている。
沙耶の嫁さんで、俺と織の幼なじみでもある舞は。
昔から俺達に仕えるために育てられただけあって、二階堂には欠かせない逸材。
乳幼児の教育係とは言っても名ばかりで、結局の所ベビーシッター。
やたらと現場に命を燃やす二階堂の人間に…それは酷だな。
「…あんた、麗ちゃんとは?」
織が、遠慮がちに聞いてきた。
最近、何も聞かれなかったのに。
「……」
俺は、無言で首をすくめる。
「あーあ、あの子ならベビーシッターいけると思ったのに。保育士志望だったんでしょ?」
「え?」
織の言葉に、俺は目を丸くする。
「やだ、知らなかったの?」
「…知らねえよ。」
よく考えてみれば。
俺、麗のこと…何も知らねーな。
「陸。」
「あ?」
「早く気付きなさいよ。」
「何。」
「麗ちゃんを好きなこと。」
「おまえまで…何でだよ。俺が麗を好きだって証拠があるか?」
「あんたはね、あたしを好きだ好きだって思いこんでるの。」
「……」
「ずっと二人だったから…そう思えるのよ。」
「別に、それと麗を好きなこととは…」
「あんたが、振り回されてた。」
「……」
確かに…
俺は、麗のペースに振り回されてた。
突然のようにやってきて、突然のように事を荒立てて。
「そんなに気にとめてない女相手の時って、何があっても動じないわよね。」
「……」
俺は、考える。
そうだよな…
俺…
「…ちょっと出かけてくる。」
「いってらっしゃい。」
俺が立ち上がると、織は嬉しそうに手を振って。
「頑張ってね。」
意味深に…そう言った。
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