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気付いた瞬間。
「ジョージ!上だ!」
シュンスケの言葉に、ジョージはとっさに動いた。
だが、4本足の方が速い。
4本足は、前足でジョージの体を打った。
弾かれたジョージは、それでも気を失うことなく、しっちゃかめっちゃかに逃げる。
シュンスケも後を追う。
「馬鹿野郎!一緒の方向に逃げる奴があるか!」
「馬鹿はお前だ!お前を囮にして逃げるような真似できるわけないだろうが!」
「俺達の目的は、食料を持って帰ることだろうが!
両方死んじまったら、誰が持って帰るんだ!」
「だから、死なないように、俺がお前と一緒に行ってやるんだろ!けがは!」
「大丈夫だ!寝れば治る!くそ!減らず口叩きやがって」
4本足は執拗だった。
なぶるように、何度も何度も前足をたたきつけ、追いかけてくる。
このままでは、捕まるのは時間の限界だった。
「そこの角を曲がるぞ!」
闇夜において、シュンスケとジョージの体は隠れることに長けている。
急激な方向転換は、4本足の追跡を振り切れる可能性を、十分に秘めていた。
「3」「2」
「「1」」
その目論見は、成功した。
4本足は、シュンスケとジョージには目もくれず、そのまま走り去った。
しばらく息をひそめていた。
どちらともなく、気を抜いた。
「間一髪だったな。ありがとよ。シュンスケ」
「女なんかに、気を取られてるからだ」
「そういえば、さっきの匂いは何だったんだろうな」
気付くと、匂いは強くなっているようだった。
慎重に、シュンスケとジョージは進む。
徐々に徐々に、匂いの元が見えてきた。
それは、天井のある休憩スペースの様に見えた。
「つっこむなよ」
「妻とこれから生まれてくる子供達に誓おう」
中にあったのは。
死体。
死体。
死体。
死体。
死体。
死体だった。
「親父……」
シュンスケの父親も、その中にいた。
奥から、強烈な匂いがした。
この匂いで、仲間達はおびき寄せられたのだろう。
だが、何故逃げなかった。
シュンスケは、父親の死体に一歩近寄って、ねちゃりという違和感に気付いた。
足が、床にくっついていた。
粘着性トラップ。
この床にからめとられ、仲間達は餓死したのだろう。
そして、シュンスケも、そうなる。
「どうした。シュンスケ」
「ジョージ、これは、粘着性のトラップだ。
ここに踏み込むと、身動きが取れなくなる。脱出は、できない」
「な!」
「行ってくれ。俺はもう駄目だ」
シュンスケの言葉に、ジョージは何も言えないようだった。
少し、思案する。
ジョージが決意するのを、シュンスケは感じた。
そうだ。それでいい。
シュンスケは、ジョージの足手まといになることだけは嫌だった。
だが、立ち去るのかと思ったジョージは、シュンスケへと近づいてきた。
「おい。こっちに来るな。さっきの話は聞いただろ」
口では、ジョージを遠ざけながら、シュンスケは甘い空想を抱いていた。
もしも、ジョージが一緒にここで死んでくれるなら。
身動きが取れなくても、二人だけで一生を終えられるなら、それは、なんて甘美なことだろう。
「動かせない足は、一本か?」
「ああ、そうだ」
「分かった。俺が噛み千切る」
「その手があったか!」
足を捨てれば、助かる。
移動に不自由は出るだろうが、命には代えられない。
「ちょっと、我慢しろよ」
シュンスケの足に、ジョージの口が近づく。
そして、そのまま、バリボリとシュンスケの足をかみ砕いた。
「助かったよ。ジョージ」
「お互い様だ」
しばらく、二人で笑いあい、今度気付いたのは、ジョージだった。
さっき、シュンスケが気付いたように、今度はジョージが気付く。
シュンスケの上方1センチ。
薄く開けられた目。
品定めするような、選別するような、楽しむような、鼻のうごめき。
「シュンスケ!」
巻いたはずの4本足の前足が、今度はシュンスケへと迫る。
それは、先程の再現にも見えた。
ただ違うのは、危険が迫っているのがシュンスケであり、シュンスケは足を一本なくしてうまく動くことができなかった。
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