第一章

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※  四半刻(約三十分)が経ち、食事を終えた緋月は両手を合わせた。 「ご馳走さまでした」  今日の朝餉も美味しかった。流石は松だと感心しつつ、感謝をする。  そして緋月が立ち上がると、松は空のお膳を片付ける。そのまま部屋を出ようとした緋月に、松は話しかけた。 「今日も散歩に行くのかい?」 「うん。ついでに仕事もしてくる。欲しいものがあるなら買ってくるよ」 「じゃあ、野菜を頼もうかね。お金はこれで足りる分を頼んだよ」  緋月は松から渡された小さな巾着袋を受け取った。野菜くらいなら代わりにお金を出してあげるのに、と緋月は小さく笑いつつも懐に仕舞う。 「野菜はなんでもいいの?」 「あんたの選んだもので、今日の夕餉を決めようと思っているからね」 「それは嬉しいな、じゃあ行ってきます」 「値切るのを忘れるんじゃないよ」 「わかった」  緋月の言葉に満足して、いってらっしゃい、と松が返す。  緋月は玄関の近くにある姿見の前で、黒髪の鬘を被った。そして鬘を髪結い紐でひとつに結う。昔から愛用しているこれは、品がいいため何年経っても艶があせない。  姿見でじっくりと自分の姿を見る。地毛のときよりも大人しい印象だ。だが炎のような緋色の瞳が目立つ。色が鮮やか過ぎて、今の身なりには不自然だ。  まあ、目の色はどうしようもないので仕方ない。笠を被って日当たりの良い場所にいなければ、ばれることはないだろう。  姿見で髪に違和感がないか確認し、お気に入りの黒い襟巻きを身につける。最後に笠を頭に乗せた。笠の影で、いくらか瞳も暗く見える。 「よし、完璧」  自信をもって引き戸を開けた。このとき、早朝に緋月を訪ねてきた信武は帰ったと思っていた。しかし宿屋のすぐそばで丸くなっている存在が見えて、驚く。 「きみは……」  緋月の声に反応して、信武は顔を上げた。彼の隣にいた白い狐も一緒に緋月を見やる。緋月を目にしたその表情は明るく、ニッコリと緋月に笑いかけてきた。 「待っていて良かった! 少し、僕の話を聞いてくれませんか? 頼みたいことがあるんです」  緋月はしばらくのあいだ、信武を見つめた。見られている信武は立ち上がり、真剣な眼差しで見つめ返した。  緋月の手が少し上がる。しかしそれは些細な動作で、信武は気づかない。
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